人身事故と自賠責保険|自分で被害者請求!やり方、流れ、必要書類を解説
任意保険会社の支払い拒否や示談交渉の長期化で、交通事故の賠償金の支払いが遅れることがあります。その場合には、自賠責保…[続きを読む]
交通事故では、不運にも生殖能力を失ったり、性生活に支障を生じたりする深刻な障害を負ってしまうことがあります。
生殖器障害の場合、どのような後遺障害等級が認定されるのでしょう。またその認定される条件は何でしょう。さらに、逸失利益や後遺障害慰謝料など、どの程度の賠償金を受け取ることができるのでしょう。
ここでは、交通事故で生殖器障害となるのはどのような症状で、どの等級に該当するのか、また、その場合の慰謝料など賠償額はいくらくらいになるのかついて解説します。
目次
後遺障害慰謝料は、生殖器障害という後遺障害が残ってしまったこと自体に対する精神的損害を賠償するものです。
後遺障害慰謝料の金額は、等級毎に基準があります。
等級 | 自賠責基準 | 任意保険基準(※) | 弁護士基準 |
---|---|---|---|
7級 | 419万円 | 500万円 | 1000万円 |
9級 | 249万円 | 300万円 | 690万円 |
11級 | 136万円 | 150万円 | 420万円 |
13級 | 57万円 | 60万円 | 180万円 |
※任意保険基準については一般に公開されていないため、旧任意保険の統一支払基準を参考に記載しています。
自賠責基準は、被害者保護のためにドライバーの加入が義務付けられている自賠責保険が負担する最低限の補償であり、任意保険基準は、任意保険会社が独自に定めた、損害賠償額を提示する際の基準です。
弁護士基準は、賠償額の最終決定権がある裁判所が用いる基準です。基準といっても、過去の裁判例などを参考に明らかにされた相場の金額ですので、個別事案の内容により増減されます。
例えば、性行為に支障を生じるようになったという場合、その精神的打撃は、若年者と高齢者で同じと評価するわけにはゆきません。
未婚の若者が生殖能力を失ったケースと、すでに何人もの子どもがいる既婚者とを同列に論じることもできないでしょう。
このように後遺障害慰謝料の金額は、弁護士基準を参考にしつつも、具体的な被害者の事情を総合考慮して決められるのです。
ことに生殖器障害では、前述のとおり、後遺障害逸失利益を認めてもらうことは困難である反面、生殖器障害による被害の苦しさを後遺障害慰謝料の増額に反映させることが裁判例の傾向です。
交通事故では、生殖器自体を失ってしまうケース、生殖器が損傷してしまい性行為が困難となってしまうケース、勃起不全や射精不全となるケース、骨盤骨折から産道が狭くなってしまうケースなど、様々なケースが存在します。
自賠責保険の後遺障害等級では、生殖器障害の後遺障害について細かく分類したうえで、認定基準を設けています。
自賠責保険における生殖器障害の後遺障害等級は、次の4つに分類されます。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 |
---|---|
7級13号 | 両側の睾丸を失ったもの |
9級17号 | 生殖器に著しい障害を残すもの |
11級10号 | 胸腹部臓器の機能に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの |
13級11号 | 胸腹部臓器の機能に障害を残すもの |
もちろんこの分類だけでは具体的な中身がわかりません。そこで、詳細な認定基準が定められています。各等級の認定基準について確認していきます。
自賠責保険の後遺障害7級13号は「両側の睾丸を失ったもの」としか記載していません。
しかし、この場合に限らず、生殖機能を完全に喪失した場合は、男女を問わず、同程度の後遺障害と評価するべきなので、認定基準では、以下の4つの類型を7級相当としています。
男性の生殖器障害7級 | |
---|---|
後遺障害等級7級13号該当 | 両側の睾丸を失ったもの |
後遺障害等級7級13号準用 | 常態として精液中に精子が存在しないもの |
女性の生殖器障害7級 | |
---|---|
後遺障害等級7級13号準用 | 両側の卵巣を失ったもの |
常態として卵子が形成されないもの |
準用とあるのは、後遺障害が残っているが等級表の後遺障害に該当しないときに、ある等級に相当する後遺障害が残っている場合はその等級に認定されるということで、後遺障害等級認定や慰謝料などには影響しません。
なお、生殖器以外の後遺障害がなく、生殖機能を完全に喪失している場合、その他の生殖機能障害があっても、7級13号として取り扱います。
自賠責保険の9級17号は「生殖器に著しい障害を残すもの」と定めています。
認定基準では、生殖機能は残存しているものの、通常の性交では生殖を行うことができないものが該当するとされています。
男性の生殖器障害9級 | |
---|---|
後遺障害等級9級17号該当 | 陰茎の大部分を欠損したもの(陰茎を膣に挿入することができないと認められるものに限る) |
勃起障害を残すもの | |
射精障害を残すもの |
勃起障害とは、次の要件両方に該当するものです。
勃起障害は、性交時に十分な勃起が得られない、あるいはその維持ができないために満足な性行為が行えない状態と定義されます。
勃起障害には、心因性のものと器質的なもの(※)がありますが、後遺障害等級認定の対象となるのは何等かの損傷を受けたために起こる器質的なものに限られます。
※ 物理的、物質的に神経の細胞や組織などが、傷つき破壊されたり、変性してしまったもの
射精障害とは、次の要件のいずれかに該当するものです。
射精とは、精液を急速に体外に射出することと定義でき、これが害されている場合が射精障害です。
射精障害も、交通事故による後遺障害等級認定の対象となるにはためには、勃起障害と同じく、心因的な要因ではなく、器質的な原因によるものでなくてはなりません。
※下腹神経:膀胱、尿道の自律神経です。胱頸部とは、膀胱の出口の部分
女性の生殖器障害で後遺障害9級に該当するものには、以下の症状があります。
女性の生殖器障害9級 | |
---|---|
9級17号該当 | 膣口狭窄(※1)を残すもの(陰茎を膣に挿入することができないと認められるものに限る) |
両側の卵管に閉塞もしくは癒着を残すもの | |
頸管(※2)に閉塞を残すもの | |
子宮を失ったもの(画像所見により認められるものに限る) |
※1:狭窄とは間が狭くすぼまってしまうこと
※2:子宮頸管:子宮の下部にあり、膣口に向かっての出口となっている円柱状の部位
自賠責保険の11級10号は、「胸腹部臓器の機能に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの」と定められています。
認定基準では、女性の狭骨盤・比較的狭骨盤に、この規定を準用するとされています(男性の生殖器障害には11級10号は準用されません)。
11級10号が準用される狭骨盤・比較的狭骨盤の認定基準は次のとおりです。
次のいずれかに該当すること
次のいずれかに該当すること
※1産科的真結合線:仙骨岬角から恥骨結合後面までの最短距離
※2入口部横径:出産時に嬰児の頭部が最初に母胎の骨盤内に進入する、骨盤上部部分の最大横径(左右方向)
参考文献:「骨盤計測グッドマン・マルチウス撮影用補助具の作成」4頁(東京都立大塚病院 診療放射線科)、「骨盤形態からみた難産予測」東京医科大学霞ヶ浦病院産科部長又吉國雄(日本産科婦人科学会雑誌46巻10号)
自賠責保険の13級11号は、「胸腹部臓器の機能に障害を残すもの」と定めています。
認定基準は、生殖機能に軽微な障害を残すものとしており、通常の性交で生殖を行うことができるものの、生殖機能にわずかな障害を残す場合です。
具体的には、精巣、卵巣の片方だけを失ったときです。精巣、卵巣は左右にあり、片方だけを失っても残りが正常であれば生殖機能にほとんど影響がないので、わずかな障害として、13級11号を準用するとされています。
男性の生殖器障害13級 | |
---|---|
13級11号準用 | 一側(片方)の睾丸を失ったもの(一側の睾丸を失ったものに準すべき程度の萎縮を含む) |
女性の生殖器障害13級 | |
---|---|
13級11号準用 | 一側(片方)の卵巣を失ったもの |
認定基準全般についての参考文献:厚労省「胸腹部臓器の障害認定に関する専門検討会報告書 第Ⅲ 泌尿器・生殖器の障害」116頁以下
後遺障害等級が認定されると、一般に、後遺障害逸失利益と後遺障害慰謝料の損害賠償が認められます。
後遺障害が認定されると、多くの障害では、後遺障害逸失利益の賠償が認められます。
逸失利益とは、後遺障害によって働く能力が一定割合失われたと評価し、それに応じて将来的に得られたはずの収入も失われたとして、その賠償を認めるものです。
逸失利益は次の計算式によります。
逸失利益
年収額 × 労働能力喪失率 × 被害者の年齢に応じたライプニッツ係数
失われた働く力(労働能力)の割合は、各等級毎に数値化(労働能力喪失率)されています。生殖器障害が該当する後遺障害等級の労働能力喪失率は、以下の通りです。
等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
7級 | 56% |
9級 | 35% |
11級 | 20% |
13級 | 9% |
逸失利益は将来的に得られたはずの収入であることは説明しましたが、現実に逸失利益は一括で支払われます。そうすると、実際に逸失利益が発生する時点までに利息が発生してしまうことになります。
この利息を控除(中間利息控除)するために使用するのがライプニッツ係数です。
「被害者の就労年数に応じたライプニッツ係数」の一覧表は、以下の国土交通省のサイトからダウンロードすることができます。
国土交通省:「就労可能年数とライプニッツ係数表」
これらを基に次の事例の逸失利益を計算すると以下の通りとなります。
被害者の年齢:30歳
被害者の年収:400万円
被害者の後遺障害等級:13級
13級の労働能力喪失率:9%
ライプニッツ係数:22.167(※)
400万円 × 9% × 22.167(30歳のライプニッツ係数)= 798万0120円
2020年31日以前に発生した事故については、16.711で計算
ところが、現在の裁判例では、生殖器障害を理由とした逸失利益は認められません。生殖能力が害されても、働く力には通常影響を及ぼさないからです(※)。
※「後遺障害入門 認定から訴訟まで」24頁(弁護士小松初男外編・青林書院発行)
生殖器障害による逸失利益を否定した裁判例
大阪地裁平成22年5月17日判決
被害者は、事故時6歳、症状固定時9歳の男児でした。
勃起を支配する神経に損傷を受け「生殖器に著しい障害を残すもの」に該当するとされました(当時の等級では9級16号)。なお、その他にも、左下肢短縮障害、骨盤骨変形障害、右拇指関節機能障害、醜状障害の各後遺障害もありました。
被害者側は、勃起不全によって人間の三大欲望の一つである性欲を喪失することが労働意欲に影響を与えるとして、生殖器障害による逸失利益を認めるよう主張しました。
しかし、裁判所は、この主張を認める根拠に乏しく、これを認めるに足りる的確な証拠もないとして生殖器障害による逸失利益を認めませんでした。
(自保ジャーナル1841号)
なお、この裁判例は生殖器障害以外の後遺障害による逸失利益は認めつつも、すでに過去において加害者側と示談が成立していると認定し、示談の無効等を主張する被害者側の訴えを全て退けています。
このように生殖器障害の後遺障害では、逸失利益が否定される結果、同一等級の他の後遺障害より損害賠償額が低くなってしまうことになります。
たとえば、生殖器障害で生殖能力を完全に喪失した場合の第7級をみると、「1手のおや指を含み3の手指を失ったもの又はおや指以外の4の手指を失ったもの」が7級とされています。この手指の欠損障害の場合、通常は労働能力喪失率56%が認められます。
先ほどあげた例の、被害者30歳、年収400万円の場合は次のとおりとなります。
同じく7級でも、生殖器障害の逸失利益は0円、手指の欠損障害の場合は逸失利益4965万円です。
たしかに、働く機能という観点からは手指を失うことは重大です。しかし、人間として子孫を残すことができなくなったという重く苦しい障害が、手指の欠損よりも3700万円も低い賠償額となることに疑問を感じる被害者も多いのではないでしょうか。
そこで、多くの裁判例では、生殖器障害の逸失利益を認めない代わりに、後遺障害慰謝料に少しでも反映させる判断をしています。
生殖器障害の裁判例では、やはり逸失利益を否定しつつ、後遺障害慰謝料を相場よりも増額した例が目立ちます。
裁判例1 産道狭窄等で弁護士基準よりも高額の後遺障害慰謝料を認めた裁判例
大阪地裁平成9年4月24日判決
被害者は症状固定時22歳の女性です。
被害者側の主張は、左股関節可動域制限で10級、左大腿骨30㎝の瘢痕で12級、骨盤変形による産道狭窄で9級が、それぞれ認められるべきだというものでした。当時の弁護士基準では、9級の後遺障害慰謝料は640万円でした(※)。
しかし、裁判所は、左股関節可動域制限と左大腿骨30㎝の瘢痕をどちらも14級とし、骨盤変形による産道狭窄は11級としか認定しませんでした。当時の弁護士基準では11級の後遺障害慰謝料は390万円にとどまります。
ところが裁判所は、後遺障害慰謝料は、当時の11級の弁護士基準を大きく上回る600万円を認めました。
(交通事故民事裁判例集30巻2号575頁)
※「民事交通事故訴訟・損害賠償算定基準」1996(平成8)年版
裁判例2 片方の精巣喪失で弁護士基準よりも高額の後遺障害慰謝料を認めた裁判例
東京高裁平成20年9月4日判決
被害者は事故時20歳の男子大学生です。
左精巣破裂で摘出となり、13級11号と認定されました。
この裁判の第一審判決(東京地裁平成20年5月13日)は、精巣の喪失が直接的に労働能力の制限につながることはないとして、逸失利益は認めませんでした。
控訴審である東京高裁も、この第一審の判断を支持して逸失利益を否定しました。
しかし、第一審判決は、精巣のひとつを喪失したことは、若い男性である被害者に著しい精神的打撃を与えたとして、13級の弁護士基準である180万円を上回る270万円の後遺障害慰謝料を認めていました。
(自保ジャーナル1754号)
東京高裁も、直接的に労働能力に影響しないとしても、今後、精子数の精査を要することが認められるし、将来に対する不安や、今後形成されるべき家族との関係などについても不利益を被る可能性が否定できないとして、第一審の慰謝料額を支持しました。
生殖器障害で後遺障害慰謝料を増額させるには、何よりもまず、適正な等級認定を受けることです。そのためには、後遺障害等級認定の申請を加害者側の保険会社が行う「事前認定」に委ねてしまうのではなく、被害者側が自賠責保険への申請を行う「被害者請求」で行うべきです。
これまで説明したとおり、生殖器障害の後遺障害は、非常に細かな認定基準が定められています。勃起障害のように、後遺障害が交通事故の受傷に基づく器質的なものかどうかを明らかにするための検査方法が指定されているものもあります。
さらに、生殖器障害の認定には、担当医師の医学的所見が大きなウェイトを占めています。
被害者請求であれば、被害者自らが病院の診療記録を取り寄せて自賠責保険に提出します。
記録書類を入手することで、生殖器障害の認定に要求される各種検査が尽くされているかどうか、医師の所見が患者の訴えを適切に理解した上でのものかどうか等を検討することができます。
被害者請求の代理人として依頼することで、弁護士にこれらのチェックを任せることができるのです。
生殖器障害の後遺障害慰謝料を増額させるには、弁護士を代理人として、加害者の保険会社に請求することが大切です。
示談交渉において保険会社側が提示してくる賠償額は、その保険会社の内部基準による金額で、弁護士基準よりも著しく低い金額だからです。
また、弁護士によって生殖器障害による逸失利益を主張することも非常に重要です。
生殖器障害の逸失利益は裁判所が認めないから、後遺障害慰謝料の増額だけを狙って、逸失利益を請求しないというのは間違った対応です。
裁判所が生殖器障害の慰謝料を増額する背景には、法律論上、逸失利益を認めることができないが、その代わりにせめて慰謝料を増額して、わずかでも救済してあげようという配慮が働いています。
したがって、弁護士が堂々と逸失利益を主張し、裁判官の気持ちを被害者救済に向かわせる必要があるのです。
交通事故に強い弁護士を依頼すれば、このような訴訟上の戦略も駆使した活動で、被害者に有利な賠償金の獲得が期待できるでしょう。
この2点が重要になります。
示談交渉において保険会社側が提示してくる賠償額は、その保険会社の内部基準による金額で、弁護士基準よりも著しく低い金額だからです。
弁護士に依頼することで、弁護士基準の慰謝料を請求することが可能になります。