交通事故の休業損害の計算方法|弁護士基準で解説
交通事故に遭い、事故が原因で仕事ができない期間が発生すると、被害者は事故の相手に対して休業損害を請求できます。休業損…[続きを読む]
交通事故の被害者となり、仕事を休むことを余儀なくされて、本来得られたはずの収入を失ったときは、その損失の補償を受けられます。
皆さんは、この点について、「『休業損害』を請求できる」とか、「『休業補償』を受け取った」という話を聞いたことがあると思います。
また、これらにとても似た言葉に、「休業補償給付」と「休業給付」があります。
これら4つの言葉は混同されがちです。「休業損害」、「休業補償」、「休業補償給付」、「休業給付」はどう違うのか、また休業損害・休業補償、両方使えるのかなど、を今回は解説して参ります。
「休業損害」、「休業補償」という言葉は、通常の用語として、仕事を休んだことによる損失それ自体や、その損失を穴埋めする金銭を示すものとして用いられています。
一般的な言葉遣いとしては、それで何の問題もありませんし、法律用語としても、この2つは格別意識して区別されているわけではありません。
しかし、いざ労災にあたる交通事故の被害者となった場合には、自分の権利を守るために、この2つの言葉が全く異なる意味で使用される場合があることを頭に入れておくべきです。
また似た言葉としての「休業補償給付」、「休業給付」についても理解しておく必要があります。
以下では、この交通事故における特別な用語の使い方としての「休業損害」、「休業補償」、「休業補償給付」、「休業給付」という言葉について説明をします。
交通事故の被害者は様々な損害を受けます。怪我で仕事ができず、稼ぐことができたはずの収入が失われた場合、これもひとつの損害として、加害者側に損害賠償を請求することができます。これを「休業損害」と呼びます。
交通事故における損害賠償請求の根拠となる法律には、運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)、使用者責任(民法715条)、不法行為責任(民法709条)等がありますが、どの法律を根拠にした場合でも、休業損害はその内容のひとつとなります。
交通事故が業務災害に該当する場合、使用者は何らの過失がなくとも、労働者に対して労働基準法の定める災害補償を行わなければなりません。これを「労基法上の災害補償制度」と呼びます(労働基準法第8章)。
たとえ使用者が無過失であっても、労働者の業務から利益を得ている以上、業務災害による損失を負担させ、労働者保護を図る制度です。
その災害補償のひとつが「休業補償」であり、使用者は労働者に対し、交通事故の負傷で療養中に、平均賃金の60%を補償しなければなりません(労働基準法第76条)。
残りの40%についても、労働者が使用者に過失があることを立証できれば、損害賠償請求できることはもちろんです。
労働者が労基法上の災害補償制度で使用者に休業補償を請求しても、使用者に支払能力がなければ、結局、労働者は保護されません。
そこで、国が、労働者災害補償保険(労災保険)への加入を使用者に強制して保険料を徴収し、業務災害の被害者に各種の保険給付をおこない労働者を保護しています。これが労災保険制度です。
「休業補償給付」とは、この業務災害における労災保険からの保険給付のひとつであり、療養中の休業の4日目から、1日につき給付基礎日額の60%が支給されます(労働者災害補償保険法第12条の8第1項2号、第14条)。
なお、休業の1日目から3日目までの3日間の休業については、労基法上の災害補償制度に基づき、その60%を使用者に請求できますし、3日間の残り40%は労働者が使用者に過失があることを立証して損害賠償請求できます。
ところで、労災保険は、保険制度に基づく各種の保険給付を行うだけでなく、被害者の社会復帰の促進など労働者の福祉を増進することも目的としており、この目的に基づいて各種の福祉事業を実施しています。これを「社会復帰促進等事業」と言います(労働者災害補償保険法第1条、第29条)。
業務災害による療養で休業した場合は、この福祉事業として、休業第4日目から給付基礎日額の20%の「休業特別支給金」も支給されます(労働者災害補償保険特別支給金支給規則第3条)。
「休業特別支給金」は福祉事業ですので、「休業補償」や「休業補償給付」、後述の「休業給付」とは全く異なるものであることに注意してください。
通勤中の災害は業務災害ではありませんから、通勤途中で交通事故にあっても、労基法上の災害補償制度による「休業補償」や、労災保険の「休業補償給付」の対象とはなりません。
しかし、交通事情が複雑化している現代では、通勤途中の災害に巻き込まれることは少なくなく、労働者保護の要請に違いはありません。そこで、通勤途中の災害に対しても、労災保険によっても業務災害の場合と同様の保険給付が行われます(労働者災害補償保険法第7条)。
「休業給付」とは、この通勤災害における労災保険からの保険給付のひとつであり、「休業補償給付」と同様に、療養中の休業の4日目から、1日につき給付基礎日額の60%が支給されます(労働者災害補償保険法第21条2号、第22条の2、第14条)。
なお、業務災害の場合と同様に、通勤災害の療養による休業の場合も、福祉事業として、休業第4日目から給付基礎日額の20%の「休業特別支給金」が支給されます(労働者災害補償保険特別支給金支給規則第3条)。
「休業損害」とそれ以外の「休業補償」・「休業補償給付」・「休業給付」・「休業特別支給金」には、根本的に大きな違いがあります。
休業損害では、加害者など賠償責任を負担する者は(被害者にも過失相殺が適用されるケースを除いて)、全額の賠償義務があります。
損害賠償制度は、被害者が被った実際の損害を補てんするものだからです。
加害者側が自賠責保険に加入していれば、休業損害の全額のうち、自賠責保険の基準で計算され、定められた限度額内の金額は自賠責保険が負担します。これは、賠償額の一部を強制保険で補償して被害者保護を図るものです。
そして、これを超える実損害があれば、残りの全額を、加害者側か、加害者側が契約している任意保険に請求することができます(但し、任意保険に限度額があれば、その範囲内にとどまります)。
休業補償・休業補償給付・休業給付・休業特別支給金は、いずれも労働者保護のために療養による休業の損失のうち一定額を受け取れるようにした制度です。
これらは、およそ被った損害のすべてを補てんさせることを基本とする損害賠償制度とは違い、最初から金額に一定の枠があります(その意味で自賠責保険と共通しています)。
では、これらによって実損害のすべてをまかなうことが出来なかった場合は、足りない部分は、どうなるのでしょうか?
もちろん交通事故の場合、加害者側(加害者等、自賠責保険、任意保険)に請求することが可能ですが、労災であれば、被害者自身の勤務先の使用者にも、足りない部分の賠償を求めることが可能な場合があります。
被害者に、休業補償・休業補償給付・休業給付が支払われると、使用者は、その支払額の限度で民事上の賠償責任を免れます(労働基準法84条)。
これは逆に言えば、休業補償・休業補償給付・休業給付からの支払額を超える損害については民事上の賠償責任を免れないのです(なお、休業特別支給金は福祉事業ですので、支払われても使用者の民事責任に影響しません)。
そこで、例えばタクシー会社や運送会社の業務中の交通事故が、労基法違反の長時間労働による運転者の過労に起因するような場合は、使用者の安全配慮義務違反などを理由として、さらに民事責任を追及することが可能となります。
基本理念の違いは、過失相殺の考え方の大きな違いをもたらします。
休業損害では全額賠償が基本ですが、それは加害者に責任がある限り、すべての損害を補てんさせることが公平だからです。
逆に、被害者側にも何らかの過失があるときには、過失相殺によって賠償額を減額することが公平です。
したがって、休業損害では過失相殺が全面的に適用される結果、事案によっては、被害者の過失が90%とされて、全損害の10%しか賠償金を受け取ることができないという場合もあり得るのです。
もっとも、自賠責保険では、被害者の過失が70%未満のときは過失相殺を行いませんし、70%を超えるときでも、減額は次の割合にとどめて、被害者保護を図っています。これを自賠責保険の「重大な過失による減額」と呼びます。
被害者の過失割合 | 減額割合 | |
---|---|---|
後遺障害・死亡 | 傷害 | |
70%未満 | 減額なし | |
70%以上80%未満 | 20%減額 | 20%減額 |
80%以上90%未満 | 30%減額 | |
90%以上100%未満 | 50%減額 |
※「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」平成13年金融庁・国土交通省告示第1号
休業補償・休業補償給付・休業給付・休業特別支給金においても、労働者の重大な過失は、不利に考慮される場合があります。
まず、休業補償については、労働者の重大な過失があるときには、労働基準監督署長の認定を受けることを条件として、使用者は補償義務を負わないことが定められています。
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労働基準法第78条
労働者が重大な過失によつて業務上負傷し、又は疾病にかかり、且つ使用者がその過失について行政官庁の認定を受けた場合においては、休業補償又は障害補償を行わなくてもよい。
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さらに、労災保険でも、労働者に重過失があるときには、支給が制限される場合があることが定められています。
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労働者災害補償保険法 第12条の2の2
第1項
労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。
第2項
労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となつた事故を生じさせ、又は負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができる。
(下線部は執筆者によります)
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少々、条文の読み方が面倒ですが、ポイントは、第二項の「労働者が」、「重大な過失」により、「負傷」、「障害」、「死亡」、「これらの原因となった事故」を「生じさせたとき」は、「政府は保険給付の全部または一部を行わないことができる」としている部分です。
要するに、自賠責保険と同様に、労災保険でも労働者の重過失は考慮されるのです。
ただし、その考慮は自賠責保険よりも限定されています。具体的には、事故発生の直接の原因となった行為が、道路交通法上の危険防止に関する規定で罰則の附されているものに違反すると認められる場合には、療養開始の翌日以降3年以内に支給事由が発生した休業補償給付、休業給付、休業特別支給金の給付の30%が減額されます(昭和48年7月31日基発第906号、労働者災害補償保険特別支給金支給規則第20条)。
休業損害は、事故で仕事を休んだために失った利益ですが、その計算方法は特に法律で定められているわけではありません。
実務上、多く用いられている計算方法は、「期間平均日額方式」というものです。
この方式では、事故前3ヶ月間の収入(税金や社会保険料などを控除する前の支給総額)を合計し、これを90日で割り算して一日あたりの平均額(期間平均日額)を算出し、この期間平均日額に休業期間中の日数(休日も含める)を乗じます。
このうち、自賠責保険の負担部分については、1日あたり6100円(2020年3月31日以前に発生した事故については、5700円)として計算することが原則ですが、実際の損害が6100円を超えることを立証できる場合は、その実損害額となります。ただし、その場合でも、1日あたり1万9000円が上限です(自動車損害賠償保障法第16条の2、同施行令第3条の2)。
休業補償は、休業中の「平均賃金」の60%です。
「平均賃金」とは、事故前3ヶ月間の賃金総額(ボーナス等は除く)を、その期間の総日数で除した金額を原則とします(労働基準法第12条1項)。
休業補償給付は、療養中の休業の4日目から、1日につき給付基礎日額の60%です。
「給付基礎日額」とは、労基法上の「平均賃金」に相当する金額を原則とします(労働者災害補償保険法第8条)。
休業給付の計算方法は、休業補償給付の計算方法と同じです。
休業特別支給金は、休業第4日目から給付基礎日額の20%となります。
自賠責保険と労災保険は別個独立した制度ですから、被害者は、両方の保険制度を利用することができます。
自賠責保険を所管する国土交通省と労災保険を所管する厚生労働省の間では、交通事故が業務災害・通勤災害にあたる場合、自賠責保険からの支払を先行させるよう取り扱うとの申し合わせがあります(昭和41年12月16日基発第1305号)が、これは省庁間の事務処理を円滑に行うための取扱いに過ぎず、どちらからの支払いを先に受けとるかは被害者の意思が尊重されます。
ただし、二重取りは許されません。
自賠責保険などから支払われた休業損害があれば、労災保険は、これを控除して保険給付を行います*
逆に、使用者からの休業補償、労災保険からの休業補償給付・休業給付が支払われていれば、休業損害から控除されます。
しかし、休業特別支給金は福祉事業ですので控除されることはありません(※)。
*労災保険法第12条の4第2項 ※最高裁平成8年2月23日判決
したがって、休業特別支給金の支給を受ければ、休業損害については損害の120%を受け取ることが可能となります。
「休業損害」、「休業補償」、「休業補償給付」、「休業給付」「休業特別支給金」について説明しました。
業務災害、通勤災害の交通事故で休業を余儀なくされたとこは、交通事故に強い弁護士へ御相談されることをお勧めします。