交通事故で胸郭出口症候群!より高い後遺障害等級認定を受ける方法

交通事故にあった後、腕を上にあげると痛みやしびれを感じたり、握力が低下してきたりなどという症状が出ていませんか?
それは「胸郭出口症候群(きょうかくでぐちしょうこうぐん)」かもしれません。聞き慣れない病名ですが、交通事故で胸郭出口症候群となり、その症状が治らずに残ってしまうケースは多いと言われます。
そこで、後遺障害認定を受けられるか受けられないかは大きな違いとなってきます。
今回は、胸郭出口症候群で請求することができる慰謝料と逸失利益について触れながら、より高い等級を獲得するための留意点について解説します。
目次
胸郭出口症候群とは
「胸郭」とは、胸をとりまく骨格のことです。「胸郭出口」とは、鎖骨と第一肋骨(一番上にある肋骨)の間にある狭い隙間です。これは体の左右にそれぞれあり、神経のたばや血管(動脈、静脈)が、この隙間を通って、頭や腕の神経、血管につながってゆきます。
胸の骨格から神経と血管が出てゆく隙間なので、胸郭出口と呼ぶわけです。
この胸郭出口を通る神経や血管が、何らかの原因で圧迫されたり、引き伸ばされたりすることによって生じる疾患が胸郭出口症候群です。
非外傷性のものとして、骨や筋肉の異常が原因となる場合もあります。
一方で、交通事故などが原因で、外力によって斜角筋(頸椎と第一肋骨をつないでいる細い筋肉)が過度に引き伸ばされたことによって、その筋肉に微少な出血を生じ、それが自然に修復され、治癒される過程で、筋肉の柔軟性が低下してしまい、神経との間に摩擦を生じやすくなって神経過敏状態を引き起こすことによって発症する外傷性の胸郭出口症候群もあります(※)。
代表的な症状には、次のようなものがあります。
- 上肢(肩から指先まで)の痛み、しびれ、だるさ
- 肩甲骨周囲の痛み
- ひじから手首までの内側(小指側)にうずくような痛み、刺すような痛み。しびれ感、ビリビリ感
- 握力の低下、手先の細かい動作がしにくい
※ さいたま地方裁判所平成20年3月28日判決
胸郭出口症候群で認められる後遺障害等級
後遺障害は、まず自賠責保険による補償の有無及び金額を決めるために、損害保険料率算出機構によって、1級から14級までの段階に分かれた後遺障害等級に該当するか否か等級の認定が審査されます。
胸郭出口症候群が認定される可能性がある後遺障害等級には、次の3種類があります。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 |
---|---|
第12級13号 | 局部に頑固な神経症状を残すもの |
第14級9号 | 局部に神経症状を残すもの |
非該当 | 自賠責保険による補償の対象となる後遺障害とは認められないもの |
胸郭出口症候群でより高い等級を得るポイント
では、胸郭出口症候群でより高い後遺障害等級の認定を受けるには何が必要なのでしょうか?
後遺障害12級に認定されるには、画像所見が重要
自賠責保険の実務において、12級と14級の認定には、次の基準を用いています。
12級 | 障害の存在が医学的に証明できるもの |
---|---|
14級 | 障害の存在が医学的に説明可能なもの |
12級の「医学的に証明できるもの」とは、他覚的所見があることです。これは、医師が医学的知識に基づいて、末梢神経障害の症状の存在を認識できたことを意味します。
他覚的所見は、レントゲン、MRI、CTといった画像所見によって異常を確認できる場合が代表的なものですが、画像所見以外にも、末梢神経の異常を確認するための神経学的検査方法が各種あり、それらによって異常が認められれば他覚的所見があると言えます。
ただし、自賠責保険で後遺障害認定を受ける場合には、画像所見がなく神経学的検査の結果のみを提出しても、12級と認定されるのは難しいので注意が必要です。
胸郭出口症候群の画像所見としては、
- レントゲン撮影による鎖骨や第一肋骨の変形などの異常の確認
- 血管造影撮影検査による血管の異常の確認
- 神経叢造影撮影検査(※1)による神経叢(※2)の異常の確認
などが考えられます。
※1 神経叢造影撮影検査については、「胸郭出口症候群に対する腕神経叢造影と腕神経叢ブロックについて」(福岡大学整形外科 竹下満外 「整形外科と災害外科」第33巻第1号1984、130頁以下)
※2「神経叢(しんけいそう)」:末梢神経が集まったり、枝分かれしたりして、網目状となった箇所。「叢(そう)」とは草むらの意味。
結論として、自賠責保険で胸郭出口症候群で12級の認定を得るためには、以下のことが必要です。
- 画像所見があること
- 画像所見と他の神経学的所見が整合すること
後遺障害14級の認定には医学的に説明が可能なことが必要
次に14級と非該当の区別基準について説明します。
自覚症状だけであっても、障害の存在を医学的に説明が可能であれば14級となり、説明不可能であれば非該当です。
医学的に説明可能と評価されるためには、症状に「連続性、一貫性」が認められることが必要です。連続性、一貫性といっても、難しい話ではありません。普通の治療経過かどうかの問題です。
事故の傷害は、事故後に発症した時がもっとも症状が重く、治療が進展すれば、だんだん症状が軽くなってゆきます。これが普通の経過です。これと違う経過は、特別な理由のない限りは、医学的に説明ができない症状と判断されます。
後遺障害14級の認定に必要な合理的な理由と定期的な通院
普通とは違う経過とは、次のような場合です。
後遺障害認定上問題となる治療経過 | 問題となる理由 |
---|---|
事故から長期間経過してからの初受診 | そんなに長く時間が経ってから痛くなるのはおかしい |
治療途中から症状が悪化、新たな症状が出現 | 事故直後よりも悪くなったり、事故後には無かった症状が出てくることはおかしい |
治療を中断して、その後再開 | 理由の無い限り、治療を中断したのは治ったからであって、その後にまた症状が出て治療することはおかしい |
もちろん、どれも合理的な理由によって証明できれば問題ありません。
例えば、治療途中なのに、仕事が忙しくなり無理をしたため治療を中断せざるを得なかった場合、仕事が非常に忙しかったという事実を証拠をもって立証すれば良いのです。
スケジュール表、勤務表、タイムカード、上司など職場の方の陳述書や証言などが考えられます。そのような証拠を示すことができず、ただ「忙しかった」だけでは非該当となってしまう可能性が高いでしょう。
したがって、胸郭出口症候群で14級の認定を受けるには、事故から時間を置かずに診察を受け、定期的な通院を心がける必要があります。
胸郭出口症候群の損害賠償
胸郭出口症候群となった場合に請求することができる損害賠償の項目は、胸郭出口症候群の症状がこれ以上治療を継続してもよくならないと医師に診断された「症状固定」の前後で異なります。
改善しない症状について治療関連の費用を加害者に賠償させるのは適切ではなく、「症状固定」で治療関連の賠償を終え、「症状固定」後に残ってしまった症状については、後遺障害等級認定を条件に、改めて「後遺障害」として損害賠償させたほうがいいからです。
「症状固定」となる前に治癒してしまっても、それまでの「傷害部分」の損害賠償はもちろん請求することができます。
まずは、傷害部分の「症状固定」または治癒までに請求することができる入通院慰謝料と休業損害について説明します。
胸郭出口症候群の入通院慰謝料
入通院慰謝料は、交通事故の怪我で入通院したことに対する精神的損害に対する賠償であり、自賠責基準、任意保険基準、弁護士基準の3つの基準があります。
自賠責基準の入通院慰謝料は以下の計算式で求めることができます。
・治療期間
上記いずれか少ない方の日数 × 4,300円(※) = 入通院慰謝料
※ 2020年3月31日以前に発生した事故の場合は、4,200円で計算。
弁護士・裁判基準の入通院慰謝料は、過去の裁判例を基に設定された弁護士が交渉の際に用いる基準であり、毎年「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(通称赤い本)で公開されています。入院期間・通院期間を基に算定します。
任意保険基準においては、各任意保険会社が独自に基準を定めています。
胸郭出口症候群の休業損害
休業損害とは、交通事故の怪我で働くことができなかったために生じた収入の減額に対する賠償です。
休業損害にも自賠責基準、任意保険基準、弁護士基準の3つの基準が存在します。
自賠責保険での「1日当たりの基礎収入」は原則として6,100円(2020年3月31日以前に発生した事故の場合は、5,700円)ですが、実収入がそれを超えることを証明できる場合には、19,000円を限度として、実収入を基準にすることが可能です。
弁護士・裁判基準の「1日当たりの基礎収入」は、事故前の実収入を基準として考えます。
任意保険基準においては、各任意保険会社が独自に基準を定めています。
胸郭出口症候群の後遺障害慰謝料
後遺障害等級 | 後遺障害慰謝料 | ||
---|---|---|---|
自賠責基準 | 任意保険基準(※) | 弁護士基準 | |
12級 | 94万円(※) | 100万円 | 290万円 |
14級 | 32万円 | 40万円 | 110万円 |
※ 2020年3月31日以前に発生した事故の場合は、93万円。
後遺障害慰謝料は、後遺障害によって被害者が受ける精神的、肉体的な苦痛に対する補償です。その金額は、後遺障害の程度に応じて目安が基準化されています。
後遺障害等級認定を受けることにより請求することが可能になります。
第12級13号の後遺障害慰謝料額は、290万円が目安、14級9号の後遺障害慰謝料は、110万円です。
この金額は、弁護士・裁判所基準による金額です。弁護士・裁判基準は、弁護士が保険会社と示談交渉を行なったり、訴訟を行なったりする場合に用いる基準です。
弁護士・裁判基準は、過去の裁判例や裁判所交通部の運用などを弁護士団体がまとめて公表したもので、裁判実務において事実上のスタンダードとなっています。
これに対して任意保険会社が示談交渉において提示してくる賠償額は、その任意保険会社の内部基準(任意保険基準)に基づく金額であり、保険会社の利益を確保するなどの動機から、弁護士基準よりも遙かに低い金額となっています。
自賠責基準は、人身事故の最低限の補償を定めた自賠責保険で使用される基準で、3つのうちで最も低い額となっています。
※任意保険基準については、一般に公開されていないので、旧任意保険の統一支払基準を参考に記載しています。
胸郭出口症候群の後遺障害逸失利益
後遺障害逸失利益は、後遺障害によって失われた将来の収入です。後遺障害が残ってしまったことで、労働する能力が一定割合失われてしまったものとして、これに対応する収入を補償するのです。
失われた労働能力の程度は、政令通達によって、後遺障害等級に応じて労働能力喪失率として基準化されています(※)。
各等級の労働能力喪失率は以下の通りです。健康な状態を100%として、14%、5%の働く力が失われたと考えます。
後遺障害等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
12級 | 14% |
14級 | 5% |
※「自動車損害賠償保障法施行令」及び「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号・平成14年4月1日施行)」
後遺障害逸失利益の計算方法は以下の計算式によります。
「就労年数に応じたライプニッツ係数」とは、以下の国土交通省のサイトでダウンロードできる一覧表で調べることができます。
参考外部サイト:国土交通省「就労可能年数とライプニッツ係数表」
上記の計算式、労働能力喪失率、後遺障害慰謝料の弁護士基準から、以下の事例で12級の後遺障害の賠償額を計算してみましょう。
12級に認定された場合(労働能力喪失率14%)
被害者の年齢:55歳
被害者の年収:500万円
被害者のライプニッツ係数(※):11.296
逸失利益=500万円×14%×11.296=790万7,200円(A)
後遺障害慰謝料290万円(B)
(A)+(B)=1,080万7,200円
※ 2020年3月31日以前に発生した事故の場合は、9.899で計算。
これが後遺障害の賠償額です。
前述した例と同じ前提で14級の認定を受けた場合を計算してみましょう。
14級に認定された場合(労働能力喪失率5%)
逸失利益=500万円×5%×9.899=247万4750円(A)
後遺症害慰謝料(弁護士基準)110万円(B)
(A)+(B)=357万4750円
もし、後遺障害等級認定を受けなければ、逸失利益も後遺障害慰謝料も受け取ることができません。また、同じ胸郭出口症候群でもどの等級認定を受けるのかによって、後遺障害慰謝料や逸失利益が大幅に変わってきます。
胸郭出口症候群で争いとなる事故との因果関係
争いとなるのは既往症
胸郭出口症候群の後遺障害については、保険会社が交通事故との因果関係を否定して争うケースが多いとされています。
典型的には、被害者に事故前から胸郭出口症候群の既往症があり、事故とは無関係であるとの主張です。
裁判例では、このような場合、
- 事故前には胸郭出口症候群の症状は出ていなかったこと
- 事故によって症状が出現したことを主張・立証すること
によって、事故との因果関係が認められる傾向にあります。
例えば、事故により頸椎捻挫等の傷害を負った結果、痛みなどにより肩甲帯(肩を構成する各関節の総称)を動かさなくなり、その周囲の筋力が低下して肩甲帯が下がり、腕神経叢の牽引、圧迫が「増長されて」、胸郭出口症候群が発症したと12級を認定した裁判例があります(※)。
※ 名古屋地方裁判所平成17年8月30日判決(前出「後遺障害等級認定と裁判実務」277頁)
既往症による素因減額
ただ、このように既往症が存在した場合は、被害者側にも後遺障害を生じる要因(素因)があったものとして、過失相殺の考え方と同様に公平の観点から、損害賠償額の一定割合を減額されることがあります。これを「素因減額」と言います。
減額される割合は事案によって様々であり、数%にとどまる場合から80%~90%も減額される場合もあります。
なお、例えば被害者が、胸郭出口症候群を発症し易い、撫で肩の女性であったというだけで、実際に胸郭出口症候群の既往症が存在していたと認められない場合は、素因減額されることはありません。素因減額にあたって考慮されるのは、あくまでも「疾患」の存在であって、被害者の体格や体質といった身体的特徴ではないからです(※)。
※ 最高裁平成8年10月29日判決
まとめ
胸郭出口症候群と診断されても、それだけで無条件に後遺障害を認定してもらえるわけではなく、認定されるには条件があることをおわかりいただけたと思います。
交通事故での胸郭出口症候群については、交通事故を得意分野とし、後遺障害の医学的知識にも詳しい弁護士に相談されることが最適です。