タクシー乗車中に事故に遭った場合の対応
誰でも、運悪く、タクシーに乗車中、交通事故に遭ってしまうことがあり得ます。今回は、そんな時、どのように対処するべきか…[続きを読む]
自家用車同士の事故と異なり、タクシーとの事故の示談交渉は円滑に進めることが難しく、示談できずに訴訟で争うケースが多いと言われています。現実に、手間ばかりかかるタクシー事故は、受任しない方針の弁護士すら存在します。
その原因のひとつが、「タクシー共済」の存在だと指摘されています。タクシー共済に加入する加害者と交渉する際に、このタクシー共済の対応が問題となることがとても多いのです。
この記事では、タクシー共済とは何か?タクシーとの交通事故が面倒と言われるのは何故か?タクシーとの交通事故に対処する方法について解説します。
なお、タクシー乗車中の事故については、以下の関連記事をご覧ください。
目次
タクシーとの交通事故が面倒と言われる理由は、示談交渉の相手がタクシー共済となるからです。
では、示談交渉の相手がタクシー共済となると何故、面倒なのでしょうか?それは次の理由によります。
事業協同組合はタクシー会社の相互扶助組織であって、その福利厚生事業のひとつがタクシー共済です。つまり、タクシー会社の利益確保が第一の目的です。
ここから、タクシー共済はタクシー会社の利益ばかりを守り、被害者に対して強引で無理な主張ばかりをするのだという論調があります。
ただ、保険会社の任意保険も、加入者の利益を守ることが第一目的であることは変わりがありません。
もちろん、任意保険には交通事故の被害者保護を図るという使命もあり、その観点から金融庁の監督を受けていますが、タクシー共済も同様の観点から主務官庁である国土交通省の監督を受けている点では同じです(前述の共済保険の適正内容に対する規制がまさにそれです)。
ですから、タクシー共済がタクシー会社の利益確保を第一としていることを、示談交渉が面倒となる理由にあげることは誤りです。原因は、次に説明する諸点にあると考えるべきでしょう。
タクシー共済は、保険会社のような大会社でもなく、大量の加入者がいるわけでもありません。共済金の原資も潤沢とは言えませんから、示談交渉にあたって、簡単には責任を認めませんし、賠償金の金額も、いわば厳しく値切って来ます。
任意保険の保険会社が、賠償金の節約を目的として無理な主張、強引な主張を譲らなかったために示談がまとまらず被害者が訴訟を提起する場合、被告となるのは保険会社ではありません。任意保険の加入者です。
実際には保険会社の弁護士が訴訟に対応し、賠償金も保険会社が支払うわけですが、裁判を起こされてしまうのは保険会社の顧客であり、事案によっては、裁判所に出頭して尋問を受けなくてはならない場合も珍しくありません。顧客としては「保険屋が間に入っているのに何事だ!」ということになります。
そのような事態が頻発すれば、顧客からの評判は悪化し、契約が取りにくくなってしまい、経営上、重大な支障を生じます。したがって、あまりに無理・強引な主張はできないのです。
他方、タクシー会社が加入するタクシー共済では事情は全く異なります。逆に、共済の資金を守るために、徹底してタクシー会社側の言い分を主張する姿勢をとることが可能ですし、その結果、訴訟となることも辞さないのです。
ですから、示談交渉での譲歩は期待できないうえ、相手からみると「ダメモト」、「言いがかり」としか思えない無理筋で強引な主張を譲らないことがあるのです。
ここからは、タクシー共済やタクシー会社が主張してくる強引な例と、これに対する対処の方法を解説します。
物損事故の場合や、むち打ち症のように受傷の事実がその場で明確でないケースでは、タクシー側が警察への通報をしないで済ませるよう打診してくることがあります。
免許の点数や自動車保険の更新保険料が不利になるから、「内々で示談しましょう」などと言われる場合です。
ところが、これに応じて通報をしないままでいると、後で連絡すると言っていたタクシー側から待てど暮らせど一向に連絡が来ないのです。
業を煮やしてタクシー会社に連絡をすると、事故処理担当係などから「そんな事故の報告は受けていません。」と事故自体を否定されてしまうのです。
警察に通報しなければ交通事故証明書の発行を受けられないので、事故の存在を否定されてしまうと、被害事実を証明する方法がないことになりかねません。
そもそも警察に通報しないこと、それ自体が道路交通法違反です(第72条1項、119条1項10号)。
相手の誘いに乗ることなく、自ら警察に通報してください。
「ちょっと当たっただけじゃないか。そんなケガをする事故ではない。」などと、事故とケガの因果関係を認めないという主張です。
もちろん、本当にバンパー同士が「コツン」と当たっただけで衝撃らしい衝撃がなかったようなケースは別ですが、そうでない限り、きちんと交通事故証明書があり、医師の診断書もあれば、事故とケガの因果関係の立証は可能です。
ただし、むち打ち症のような他覚的所見に乏しい受傷の場合は、事故から間をおかずに整形外科を受診し、その後もきちんと定期的に通院を続け、勝手に通院を中断したりしないことが必要です。
事故から期間が経ってから初受診したり、通院頻度が極端に少なかったり、途中で通院を中断したりすると、事故とケガの因果関係を疑われてしまう危険があるからです。
「そのケガで治療費がこんなに高いのはおかしいではないか!」という場合です。
不必要な「過剰診療」、不当に高すぎる「高額診療」と主張しているのです。
もちろん、世間には悪質な医療機関もないわけではなく、自由診療を良いことに、患者を不必要な検査漬けにしたり、保険診療の何倍もの診療報酬単価で請求するケースも皆無ではありません。
しかし、交通事故の裁判所基準では、「必要かつ相当な範囲」の治療費は実費を請求できるとされています。医療機関の診療内容が明白に不当だというケースを除いて、治療が不必要または不相当だというなら、タクシー共済側がそれを立証する必要があります。
したがって、法的には通らない主張ですが、どうしても譲らない場合は、訴訟を提起するしかありません。
ただし、医師の指示・同意なく受診した整体院・整骨院など医療機関以外の施術費用は「必要かつ相当な範囲」とは認められません。必ず医師に相談してください。
「そちらの過失が100%だ。タクシー側は0%だから賠償には応じない」と一切の責任を否定する主張です。
ただ、この主張は怖くありません。人身事故において、タクシー側の賠償責任の根拠となる運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)は、被害者がタクシーの過失を立証することなく責任追及が可能なのです。
責任をのがれるためには、タクシー側が、
という免責要件を立証しなくてはならないのです。
例えば次のケースのように、タクシーにとって「もらい事故」と言えるほどにタクシー側に落ち度がないことが明白でない限り、この免責要件の立証は事実上無理です。
したがって、法的にタクシー側は免責されません。どうしても責任を認めないのであれば、訴訟を検討するべきです。
物損事故の場合に、「そちらの車だけでなく、こちらのタクシーも壊れたのだから、お互いに恨みっこなし、負担なしにしましょう!」という主張で、いわゆる「0:0」和解を希望するというのです。
もちろん、そのような和解例もありますが、次のような手順を踏んだ上で、双方の負担額がほぼ等しいか大差ないケースであることが必要です。
そのような手順を飛ばした和解に応じれば、一方的に損害を被る危険があります。慰謝料相場より著しく少ない額で示談してしまわないよう、安易に応じてはいけません。
タクシー会社の車両は、保険会社が運営する自動車保険(任意保険)ではなく「タクシー共済」に加入する場合が目立ちます。
タクシー共済は、タクシー会社が会員となって組織する「事業協同組合」の福利厚生の一環として認められた「共済事業」です(中小企業等協同組合法第1条、第3条1号)。
事業協同組合は会員の相互扶助のための団体であって、組合員であるタクシー会社は共済掛金(保険料)を支払う一方、事故で賠償義務を負担すると共済金(保険金)を受け取って賠償金に充てることができるという一種の保険がタクシー共済なのです(同法第9条の2第1項3号、同条第7項)。
タクシー会社はタクシー共済に入っていれば、任意保険には入らなくても良いのです。
法令上、タクシー会社を含む「旅客自動車運送事業者」は、交通事故による損害賠償に備えるために次の1.又は2.のいずれかの契約を結ぶことが義務づけられています(※)。
※道路運送法第31条7号、旅客自動車運送事業運輸規則第19条の2
さらに、これら1.又は2.の契約は、次の条件を満たしている必要があります。
【関連外部サイト】国土交通省告示第503号(平成17年4月28日)
このようにタクシー共済であっても、被害者保護の観点から、任意保険と同様に、その内容が適正であることが要求されているのです。
タクシー会社がタクシー共済を選ぶのは、損保会社の任意保険よりも掛金(保険料)が安いので経費を節約できるからです。
走行距離が長いタクシーの事故発生率は高く、任意保険では、通常よりも高額な保険料を支払わなくてはなりません。
また、任意保険を運営している一般の保険会社は、営業部隊を含めた多くの従業員を雇用し、テレビやインターネットなどで大量の広告を流すので、人件費や広告費といった莫大な運営経費が必要となり、加入者が支払う保険料のうち、相当な割合が使われてしまいます。
これは数多くの加入者を獲得して利益をあげる必要のある保険会社にとっては仕方のないことです。
他方、加入者がタクシー会社に限られるタクシー共済には、このような事情は一切ありません。大量の宣伝費も人件費も必要ないので、任意保険よりも安い掛け金でも運営できるのです。
以上のように、事故の相手がタクシー共済に加入していると、示談交渉が難航し、示談では終結できない可能性が高くなります。
多くの場合、それ以上、調停などでの話合いの余地はなく、被害者が訴訟に踏み切るしかなくなります。
タクシーとの事故の場合は、このような事態に備えて、当初から弁護士に相談し、交渉を担当してもらうことをお勧めします。