自営業者の後遺障害逸失利益はいくら?計算方法や裁判例を使って解説

自営業者の後遺障害逸失利益

交通事故の後遺障害で労働能力が喪失・低下し、得ることができなくなった収入が後遺障害逸失利益です。

逸失利益は、事故前の収入実績をもとに算定します。

被害者が、サラリーマンであれば、収入実績を証明することは容易ですが、自営業者(個人事業主)の場合は、それほど簡単な話ではありません。

被害者が自営業者の場合、以下のケースが珍しくはないからです。

  1. 家族経営のように、被害者本人と家族の収入が混然としてしまっているケース
  2. 過小申告、無申告など、正確な税務申告がなされていないケース

そこで、この記事では、自営業者の後遺障害逸失利益をめぐる問題につき、主に上の1.、2.の点に焦点をあてて説明してゆきます。

後遺障害逸失利益の計算方法

後遺障害逸失利益は、次の計算式で算定します。

一時金で受け取る場合の計算式

  • 後遺障害逸失利益 =基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

定期金方式で受け取る場合の計算式

  • 後遺障害逸失利益 = 基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間(年数)

後遺障害逸失利益の計算式と定期金方式については、それぞれ次の記事をご覧ください。

交通事故で後遺症が残ったとき、損害賠償金の大きな部分を占めるのが、「後遺障害逸失利益」です。ただ、「逸失利益」という…[続きを読む]
最高裁は、2010(令和2)年7月9日、交通事故で後遺障害となった方に対する将来の収入(逸失利益)の賠償を、今後49…[続きを読む]

自営業者の後遺障害逸失利益は、実際にいくらもらえるの?

自営業者の後遺障害逸失利益については、「基礎収入」をいくらとするかが最も問題になりやすいのですが、この点は、後に詳しく説明しますので、とりあえず統計上の数字に基づいた基礎収入で自営業者の後遺障害逸失利益の実際の金額を計算してみましょう。

ここでは、自営業者の基礎収入を年収417万3000円とします(※)。

「申告所得税標本調査」による平成30年事業所得者の平均所得金額|国税庁

ケース1.後遺障害等級12級の末梢神経障害(むち打ち症など)

  • 基礎収入:417万3000円
  • 労働能力喪失率:14%
  • 労働能力喪失期間:10年間(※)
  • 10年のライプニッツ係数:(法定利率3%)8.530


417万3000円 × 14% × 8.530 = 498万3396円

※ 裁判所では、12級のむち打ち症の労働能力喪失期間は10年間とする例が多いため、これを前提としています。

ケース2.症状固定時27歳、後遺障害等級2級の眼球障害
(両眼の視力が0.02以下になったもの)

  • 基礎収入417万3000円
  • 労働能力喪失率 100%
  • 労働能力喪失期間 40年間(67歳ー27歳)
  • 40年のライプニッツ係数(法定利率3%)23.115


417万3000円 × 100% × 23.115 = 9645万8895円

ケース2.を定期金方式で受け取る場合の総額は、次のとおりです。

417万3000円 × 100% × 40年 = 1億6692万円

基礎収入算定の方法

逸失利益の数字は、基礎収入、すなわち事故前の収入実績に大きく左右されるので、その金額の認定が重要です。

自営業者の基礎収入を認定する方法には、色々な手法がありますが、基本となるのは、事故前年の確定申告所得額による認定です。青色申告控除を受けているときは、当然、控除前の金額を使います。

ただし、これは、あくまでも、申告所得額が被害者の実際の収入を正確に反映したものであることが前提です。確定申告の内容は、収入実績を認定するための資料のひとつに過ぎず、その数字が絶対に正しいというわけではないからです。

逆に言えば、申告書の数字が絶対ではないが故に、基礎収入の認定をめぐって、様々な問題が生じるとも言えます。

自営業者が家族経営である場合の基礎収入

「寄与率」の問題

例をあげましょう。

Aさんは、家業の八百屋を、妻Bと長男Cの一家3人で切り盛りしていましたが、事故前年の店の収益1000万円は、全部、Aさん名義の収入として確定申告をしていました。

そこで、大黒柱のAさんが事故で後遺障害となってしまいました。

この場合、1000万円全額をAさんの基礎収入とすることはできません。そこには一緒に働いている妻B・長男Cという「家族の労働」によって稼いだ収入(つまり家族の収入実績)が含まれてしまっており、1000万円全部を基礎収入としてしまうと、Aさんは逸失利益を「もらいすぎ」となってしまうからです。

Aさんの基礎収入となるのは、Aさん本人の働きによって稼ぐことができた部分であり、1000万円全体のうちの何割かにとどまります。

これを明らかにしたのが、次の最高裁判例です。

最高裁 昭和43年8月2日 判決

「企業主が生命もしくは身体を侵害されたため、その企業に従事することができなくなつたことによつて生ずる財産上の損害額は、原則として、企業収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべきであり、企業主の死亡により廃業のやむなきに至つた場合等特段の事情の存しないかぎり、企業主生存中の従前の収益の全部が企業主の右労務等によつてのみ取得されていたと見ることはできない。」

この「収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合」、すなわち、収入全体に対するAさんの貢献割合を「寄与率」と呼びます。

「寄与率」の判断材料

寄与率は、諸事情を総合考慮して、最終的には裁判官の裁量で判断されます。考慮される事情の主なものは、次のとおりです。

事故前後の収支状況・営業状況

事故後に収益が大幅に減少したり、営業の継続が困難となったりした事実があれば、それは、事故前の被害者の貢献が大きかったことを推認させますから、寄与率を高く判断する要素となります。

業種、業態

被害者個人の特殊な技能、能力、知識、経験などが重要となる業種・業態は、被害者の寄与率が高くなります。

例えば、歌手やタレントが個人事務所を作り、配偶者がマネージャーをしている場合などが考えられます。

被害者の職務内容、稼働状況

事業全体の職務内容のうち、被害者が担当する職務の量が大部分を占めているときや、その職務が特に重要な役割を担っているときは、寄与率は高いものと判断されます。

家族従業員の関与の程度

実際に家族がどの程度、労務を提供しているかは重要です。例えば、妻と二人で店を経営していても、妻は子育てと家事が中心で、妻の労務提供は短時間の手伝い程度であれば、被害者の寄与率は高いと言えます。

代替労働力の雇傭

被害者の労働能力低下、喪失を補うために、代わりとなる従業員を雇用した場合、これに要した人件費をもって、被害者の寄与相当額とする考えもあります。

ただ、通常は代替労働力を用いても、経営者である被害者の働きに代わりうるはずはなく、ほとんどの場合、代替労働力だけでなく、家族のさらなる努力で経営を継続させることになるので、単純にこのような考えを採用することはできません。

どの程度の寄与率が認められるのか?

以上の諸要素を材料として、自営業者である被害者の申告所得に対する寄与率を算定するわけですが、これは個別具体的な事情に応じた判断ですので、何%の寄与率といった相場を示すことは困難です。

ただ、裁判官の報告によると、60%ないし70%と認定した裁判例が多いということです(※)。

※東京地裁民事交通部・湯川浩昭裁判官講演録「事業者の基礎収入の認定」(損害賠償額算定基準・2006年版・下巻31頁)

裁判例

盛岡地裁 昭和59年3月30日

食堂経営者の男性(症状固定時66歳)が被害者の事案です。妻と使用人2名との合計4名で、食堂の営業だけでなく、仕出し、出張料理も行っていました。

被害者は経営者であると共に、調理師として、献立、調理、出前、出張料理、食器や材料の運搬に至るまで自ら行っていたことから、その事業に対する寄与率は70%と認定しました。

(交通事故民事裁判例集17巻2号517頁)

家族従業員への給与の扱い

基礎収入の認定にあたっては、寄与率とは別に、家族従業員への給与額の取扱いも問題となります。

家族への給与を経費として申告しており、実際に支払われている場合

この場合は、既に家族の働きに対する部分が申告所得から差し引かれているので、申告所得の全部を基礎収入として差し支えありません。

もちろん、この場合は、家族への給与が労働対価として適正な金額水準であることを前提とします。

家族への給与を経費として申告していながら、実際には支払っていない場合

専従者控除を使っている場合もこれにあたるケースが多いです。

この場合は、実際には給与分の経費がかかっていないのですから、給与分の金額を申告所得に加算して全体の収入とします。

そして、実際には家族が働いていないときは、その全体収入を被害者の基礎収入とします。

他方、現実に家族が働いているときは、前述の諸要素を考慮して、被害者の寄与率を算定することになります。

実際に家族に給与を支払っているものの、家族の働きに比べて金額が多すぎる場合

この場合は、家族の働きに対して支払われるべき適正な給与額を算定したうえで、これを超える給与部分は、被害者の申告所得に加算することになります。

但し、ケース2及び3は、経費の水増しであり、後述する過少申告の一種ですから、このような事実が真実であることの立証が厳しく求められます。

自営業者の資本利得の取扱い

また、自営業者の申告所得の中に、不動産賃貸収入や利息収入といった資本利得があるときも基礎収入から差し引きます。これらは個人的寄与による所得ではないからと説明されます。

不適切な申告の問題

自営業者の基礎収入を認定するうえで、避けて通れないのが「不適切な申告」がなされている問題です。

過小申告

過少申告をしていた自営業者が、事故後、現実には申告所得よりも多くの収入があったと主張することは珍しくありません。

端的に言えば脱税ですが、税法違反の問題と、現実の収入実績がいくらであったかという問題はまったく別個のものですから、このような主張が禁止されているわけではなく、申告書を上回る収入の存在を証拠で立証できれば、それが基礎収入と認定されます。

しかし、このような主張は、被害者の過去の行為に矛盾する行為ですし、脱法行為に対する裁判官の眼は厳しいですから、かなり確実な証拠を提出できない限り、裁判官を納得させることはできません。

申告額を上回る収入が認められ易いケースは、申告書の収入金額では現実に生活することは困難と言える場合です。

ただし、その場合でも、被害者が主張する金額どおりが認定されることはなく、賃金センサスなどを参考にした基礎収入を認定する場合が多いとされます。

裁判例

神戸地裁平成13年7月13日判決

被害者はバー個人経営者(23歳)で、事故前年度の事業所得は約50万円と申告していましたが、事故後、年収約470万円だったと主張し、証拠として申告時の収支内訳書を提出しました。

裁判所は、収支内訳書の根拠となる帳簿や書類が不明で信用できないとして約470万円との主張は認めませんでした。

しかし、たった約50万円とは明らかな過少申告であることなどから、賃金センサスの中卒男子労働者年齢別(20~24歳)平均賃金から、年収約322万円を基礎収入としました。

(交通事故民事裁判例集34巻4号916頁)

経費の水増し申告

確定申告にあたり、(ⅰ)節税のために実際よりも経費を水増し申告していたとか、(ⅱ)家庭生活の費用を事業経費として計上していたとして、実際の収入は申告所得額よりも多いと主張する事例もよくあります。

これらも、結局は、申告外の所得があったという主張ですので、確実な証拠をもって立証できれば認められることになります。

無申告

まったく確定申告をしていない場合も、それだけで基礎収入をゼロとされてしまうわけではありません。

これも結局、申告外所得の問題に帰するわけですが、被害者の生活状況、学歴、年齢、家族構成、現実の支出状況などの諸事情から、申告はしていないが、相当な収入を得ていたと判断できるときには、やはり賃金センサスの数値を参考に基礎収入の認定を受けることができます。

自営業を開業して間もなくのケース

なお、自営業を開業して間もなく、最初の確定申告前に事故にあってしまったために無申告であるというケースもあります。

この場合、帳簿などの資料から、開業以来の収支を計算して、年額にひき直すことが考えられます。ただ、スタート間もないために低収入だったり、開業祝儀の好成績に過ぎなかったりと、数字の信頼性に乏しいことがあります。

そのような場合は、被害者の開業前の収入や賃金センサスを参考にして算定することになります。

また、確定申告はしているものの、開業から短期間しか経っていないため申告所得が少ないという場合もあります。収入の実績は事実ですが、逸失利益は将来の損害を予測するものですから、開業間もない低い実績だけで判断することは不公平です。

そこで、このような場合も賃金センサスを参考に基礎収入の認定を行う場合があります。

裁判例

大阪地裁平成24年3月23日判決

自動車整備業の被害者(男性・症状固定時30歳)で、後遺障害9級(四肢麻痺など)となった事案です。独立して3年しか経っていないため、事故前の年収は約140万円に過ぎませんでした。

しかし、裁判所は独立から間もないことと、30歳という若さから考えると、将来的には少なくとも平均賃金を稼いだであろう蓋然性があるとして、賃金センサスの男性高卒全年齢平均賃金である年収461万3000円を基礎収入と認めました。

(自保ジャーナル1876号105頁)

まとめ

自営業者の基礎収入が問題となるのは、後遺障害逸失利益だけではなく、死亡逸失利益、休業損害でも同じことです。

特に示談交渉では、保険会社は確定申告の数字以上の基礎収入を認めようとはしませんから、適正な損害賠償を受け取るには、弁護士の力を借りる必要があるでしょう。早めの御相談をお勧め致します。

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