交通事故と逸失利益|もらえない原因・もらえる場合等わかりやすく解説!
交通事故で後遺症が残ったとき、損害賠償金の大きな部分を占めるのが、「後遺障害逸失利益」です。ただ、「逸失利益」という…[続きを読む]
今回は「公務員」と交通事故の後遺障害等級についてです。
後遺障害逸失利益は、交通事故の後遺障害に対する賠償金の一形態です。
後遺症によって労働能力が低下し、将来的な収入が減少した場合に支払われます。
特に、公務員の場合、収入に変動がないケースが多く、後遺障害逸失利益に関して争いが生じることがよくあります。
本記事では、公務員の後遺障害逸失利益について詳細に説明します。
目次
先述した通り、事故後に減収がないケースが多いので、後遺障害逸失利益がないと主張されるからです。
では、後遺障害逸失利益が認められるためには、現実の収入減少が必要なのでしょうか?
この問題を考えるために、そもそも交通事故における「損害」とは何かに関する2つの考え方を理解しておく必要があります。
それが、「差額説」と「労働能力喪失説」です。
「損害」についての一つの考え方である「差額説」とは、「損害」は、事故が無かったとしたら本来はこうであったはずの「あるべき姿」と事故にあってしまった「現実」との「差額」であると理解する考えです。
したがって、差額説では、たとえ後遺障害による労働能力の喪失・低下があっても、収入に変化がなければ、逸失利益は請求できないことになります。
逸失利益は将来的に発生が予想される損害ですから、現時点の減収の有無だけで判断することはできないはずです。
そこで、「損害」に関するもうひとつの考え方、「労働能力喪失説」が生じます。
これは、「労働能力の喪失・低下」それ自体が「損害」であるとし、現実に収入が失われたかどうかは、労働能力を評価する一資料に過ぎないとします。
最高裁は、昭和56年12月22日判決において、後遺症の程度が比較的軽微で、職業の性質からみて現在または将来における収入の減少も認められないケースでも、「特段の事情」があれば、逸失利益を請求できるとします。
そして、「特段の事情」として、次の2例をあげています。
最高裁判例があげた「特段の事情」は、たった2つですが、これらは後遺障害がもたらす経済的不利益を推認できる事情を例示したものに過ぎません。
そこで、その後の下級審判例では、減収がない場合でも、様々な事情を総合的に考慮して後遺障害逸失利益の有無、内容を判断しています。
では、減収がないケースで考慮されている事情には、どのようなものがあるでしょうか。
公務員であるか否かを問わず、およそ減収がない場合に、裁判例で考慮されている事情としては、次のものがあると指摘されています(※)
※東京地裁民事交通部・中園浩一郎裁判官講演録「減収がない場合における逸失利益の認定」(損害賠償額算定基準・2008年版・下巻9頁)
以下では、これらについて説明します。
減収がなくても、予定されていた昇進・昇給がなかったり、遅れたりしていれば、経済的な不利益が発生したと言えます。
また、現時点では、格別に昇進・昇給の不利益が発生していなくとも、後遺障害の内容・程度などから、将来的に昇進・昇給が不利になる可能性が高いとして、逸失利益を認める裁判例も数多くあります。
これを公務員でみてみましょう。
国家公務員の「俸給」は、職種ごとの「俸給表」で金額が決められますが、「俸給表」は、公務員の地位を、その職務内容や責任の度合いに応じた「級」にわけ、その級の中で、一定の勤務期間と勤務成績に応じた「号俸」に分けて金額を定めています。
真面目に勤務を継続してゆけば、「号棒」があがってゆき(「昇給」という)、さらに一定期間を経ることなどで「級」があがります(「昇格」という)。
地方公務員の場合も少々用語が異なるだけで、まったく同じです。俸給表に相当するものを「給与表」と呼び、「号棒」を「号級」と呼びます。
こうして「昇格」、「昇給」を繰り返して、上昇してゆくのが公務員の収入です。
懲戒処分など受けることなく、一定期間の勤務を継続していれば、自動的に収入はあがってゆきますが、その反面、後遺障害による欠勤によって勤務日数の条件を充たすことができなければ、「昇格」、「昇給」の機会を失し、定年までの総収入、さらには退職金の金額にも影響します。
民間であれば、経営側の裁量で給与をアップさせることはいくらでも可能ですが、公務員では機械的な制度であるが故に、それは不可能です。ひとたび昇格・昇給が遅れると、これを取り戻す方法がありませんから、経済的不利益は大きいと言えるのです。
裁判例1 名古屋地裁 平成22年7月2日 判決
被害者は国税調査官の男性(症状固定時31歳)、後遺障害11級(脊柱奇形)となった事案です。自賠責保険の基準では、11級の労働能力喪失率は20%ですが、復職した後も減収がないので争いとなりました。
裁判所は、事故後、減収もなく、普通昇給(定期昇給のこと)もしているものの、それは本人の努力によるところも多く、将来の昇給、昇格に影響がでる可能性は否定できないことなどを指摘して、67歳まで36年間14%の労働能力喪失を認めました。
(判例時報2094号87頁)
減収がなくても、事故前と同じ業務の遂行に支障を生じたり、配置転換を余儀なくされたりした事実があるときです。
これまでの経験・実績が無駄となったり、意欲のわかない業務に就かざるを得なくなったりなど、従前の収入を確保できなくなる可能性が高くなります。
公務員でも、特に、オフィスワーカー以外の職種では、このような事態が生じやすいでしょう。
裁判例3 京都地裁 平成25年2月14日 判決
被害者は公立高校英語教師の女性(症状固定時46歳)で、後遺障害併合11級(左下腿骨開放骨折に伴う左下腿痛など)となりました。11級の労働能力喪失率は20%ですが、減収がなく、争いになりました。
裁判所は、以下の事情を総合考慮し、67歳までの21年間、20%の労働能力喪失を認めました。
(交通事故民事裁判例集46巻1号246頁)
現時点でたとえ減収がなくとも、後遺障害のために、将来的に退職を余儀なくされる可能性があるときです。
後遺障害の内容・程度によっては、再就職が難しいか、事故前と同じ収入を得られない可能性があります。
退職・転職の可能性を判断するには、勤務先の企業規模や、その事業の継続可能性も考慮されます。
公務員の場合は、勤務先の規模、継続性という点では、退職・転職の可能性は低いと言えます。
しかし、後遺障害のため、実際の勤務に支障がある場合には、やむなく「分限処分」(※)となる危険性もあります。
※分限処分:懲戒処分と異なり、職員の責任を理由としない人事の変更で、その内容として免職や降任があります(国家公務員法74条、75条、地方公務員27条)。
また、定年までは勤務が保証されても、定年後の再就職にあたっては、後遺障害が不利に作用する可能性があります。
したがって、公務員といえども、これらの可能性を考慮して判断することになります。
裁判例4 東京地裁 平成6年4月22日 判決
被害者は、清掃作業担当の公務員(男・症状固定時45歳)で、後遺障害6級(右大腿部切断)の事案です。6級の労働能力喪失率は67%ですが、減収がないので争いとなりました。
裁判所は、痛みや通院のために勤務時間も短く欠勤も多いため、今後、分限免職の処分を受けるおそれもあると指摘して、労働能力喪失率60%、労働能力喪失期間22年間(67歳まで)を認めました。
(交通事故民事裁判例集27巻2号503頁)
また、裁判例では、公務員の定年までの労働能力喪失率は低く抑えつつも、定年後67歳までの7年間は自賠責保険の基準どおりなどの高い労働能力喪失率を認める例が多いとされます。
裁判例5 京都地裁 平成14年7月11日 判決
被害者は公立中学体育教師(男性、症状固定時34歳)、後遺障害4級(右大腿切断)の事案です。4級の労働能力喪失率は92%ですが、減収がないため争いとなりました。
裁判所は、被害者が体育教師を断念して養護学校勤務となったものの、減収がないことなどから、定年までの26年間の労働能力喪失率は20%としました。反面、後遺障害は定年後の収入には大きな影響を及ぼすとして、定年後67歳までの7年間は労働能力喪失率を92%としました。
(自保ジャーナル1461号)
後遺障害のハンデを本人の努力でカバーし、収入を維持しているときは、努力して埋めなくてはならない経済的不利益が生じていると言えます。
また、給与が減らないことが、勤務先からの温情であったり、無理せずに就業できるよう有利な配置転換をした結果であったり、上司や同僚が業務を分担して支えてくれたりといった場合は、これらのような格別の配慮によって埋めなくてはならない経済的不利益があると言えます。
裁判例6 名古屋高裁金沢支部 平成16年11月29日 判決
被害者は公立小学校教諭の女性(症状固定時49歳)で、後遺障害併合8級(両眼の視力低下、視野狭窄など)の事案です。8級の労働能力喪失率は45%ですが、減収がないので争いとなりました。
裁判所は、細かい文字が解読できず普通学級の担任が不可能となっているなどの業務上の支障をあげたうえ、平日の夜間残業し、土日を返上して仕事をするという本人の努力を指摘して、定年までの11年間は20%、定年後67歳までの7年間は45%の労働能力喪失を認めました。
(自保ジャーナル1577号)
後遺障害の逸失利益は、次の計算式で算定します。
一時金で受け取る場合
後遺障害逸失利益 = 基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
定期金方式で受け取る場合
後遺障害逸失利益 = 基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間(年数)
後遺障害逸失利益の計算式については、次の記事をご覧ください。
定期金方式については、次の記事をご覧下さい。
公務員の後遺障害逸失利益の金額は、その被害者の基礎収入(年収)、労働能力喪失率、労働能力喪失期間によって変わりますので、「公務員だから幾ら」という相場があるわけではありません。
裁判例として報告されているものの中から、いくつか金額を紹介しましょう。
裁判例7 福岡地裁小倉支部 平成25年5月31日 判決
地方公務員の男性(症状固定時49歳)、併合3級(右大腿骨切断など)の事案です。3級の労働能力喪失率は100%ですが、事故後の6年間で10%程度しか減収がなかったため争いとなりました。
裁判所は、減収が少ないのは地方公務員の身分の安定性によるところが大きいこと、義足と車椅子で自立した日常生活・動作が可能で、室内での事務作業が仕事の中心であることなどを考慮し、79%の労働能力喪失を認定しました。
また、この判決では、被害者に一級建築士の資格があることなどから、公務員を60歳で定年退職した後も、公務員時代と同程度の収入が得られる蓋然性があるとして、労働能力喪失期間を67歳までとして、被害者の事故前年の年収約800万円を基礎収入としました。
(自保ジャーナル1904号10頁)
この判決で示された条件で、後遺障害逸失利益の金額を計算してみましょう。
まず、一時金として受け取る場合は、次のとおりです。
一時金として受け取る場合
基礎収入800万円 × 79% × 13.754(労働能力喪失期間に対応する利率3%のライプニッツ係数)= 8692万5280円
次に、定期金方式で受け取る場合の概算は、次のとおりです。
定期金方式で受け取る場合
基礎収入800万円 × 79% × 労働能力喪失期間18年 = 1億1376万円
裁判例8 大阪高裁 平成21年9月11日 判決
被害者は地方公務員の女性(症状固定時23歳)で、後遺障害9級(高次脳機能障害)となった事案です。9級の労働能力喪失率は35%ですが、復職後の減少がなく、争いとなりました。
裁判所は、減収がないのは、同僚などによる援助、本人の特別の努力がある一方、物忘れ、集中力の低下、退行といった症状があり、将来的には昇進昇給などに影響を与え、失業の可能性も潜在的に存在するなどとして、67歳まで44年間、30%の労働能力喪失を認めました。また、この判決では、基礎収入は、賃金センサスの女性学歴計全年齢平均を基礎としました。
(自保ジャーナル1813号4頁)
この判決で、被害者本人の事故前の収入を基礎収入とせず、賃金センサスの平均賃金を基礎収入としたのは、就労年数の浅い若年労働者は収入が低く、その低い収入が将来的に継続する前提で計算したのでは不平等だからです。
この判決で示された条件で、後遺障害逸失利益の金額を計算してみましょう。
基礎収入は、2019(令和元)年賃金センサスの女性・学歴計・全年齢平均賃金388万円と仮定します(※)。
※産業計・企業規模計・学歴計・女性全年齢平均賃金「令和元年・賃金構造基本統計調査・第1表・年齢階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」から
まず、一時金で受け取る場合は、次のとおりです。
一時金で受け取る場合
基礎収入388万円 × 30% × 24.254(労働能力喪失期間44年に対応する利率3%のライプニッツ係数)= 2823万1656円
定期金方式で受け取る場合の概算は、次のとおりです。
定期金方式で受け取る場合
基礎収入388万円 × 30% × 労働能力喪失期間44年 = 5121万6000円
以上のとおり、交通事故の後遺障害が残ったけれど、公務員で減収がない、減収が少ないというケースでは、後遺障害等級が認定されても、その基準どおりの労働能力喪失率で逸失利益を請求できるわけではありません。
示談交渉では、保険会社は減収がないことを理由に、労働能力の喪失・低下がないと主張して支払を拒否するでしょう。
また訴訟では、前述の考慮される諸事情を主張し、立証する責任は、被害者側に課されています。
漫然と「後遺障害等級の何級にあたると認定されました」と主張するだけでは、経済的不利益を推認する事情の主張、立証がないとして、被害者に不利な認定がなされてしまう危険があります。
被害の実態を調査して、主張するべき事実を把握し、法的に整理し、裏付け証拠とともに提示して、示談交渉において保険会社を説得し、法廷では裁判官を納得させること、それは弁護士だけができる仕事です。
減収がなく、後遺障害逸失利益の問題でお悩みの公務員の方は、是非、交通事故に強い弁護士に相談されることをおすすめします。