交通事故の休業損害とは?計算方法・もらえる・もらえないケース
交通事故に遭い、事故が原因で仕事ができない期間が発生すると、被害者は事故の相手に対して休業損害を請求できます。休業損…[続きを読む]
サラリーマンや個人事業者など、仕事をして収入がある人が交通事故に遭ったら、加害者に対し、休業損害を請求することができます。
その場合、事故前の収入を基準にすることが普通です。
ただ、派遣社員の場合には、収入が不安定なので、基礎収入をいくらにすべきか問題となりますし、交通事故後に派遣期間が終了してしまうケースもあります。
そこで今回は、派遣社員の方が交通事故の被害に遭った場合の休業損害の考え方について、ご説明します。
目次
仕事をしている人が交通事故に遭ったら、仕事ができない期間が発生します。その場合、加害者に対し「休業損害」を請求することができます。
たとえば、ケガをして入院したら、入院期間中は仕事ができなくなってしまいます。そうすると、その期間に得られたはずの収入を得られなくなってしまい、損害が発生します。これを休業損害と言います。
休業損害が発生するのは、事故前に仕事をしていて、収入があった人です。収入がなかったら、事故があっても損害が発生しないからです。そこで、無職無収入の人には、原則として休業損害が認められません。
また、収入があっても、それが不労所得なら、やはり休業損害は発生しません。働けなくても同様に収入があるためです。たとえば、不動産所得や株式の配当、年金などで生活をしている人には、休業損害は発生しません。
ただし、主婦などの家事労働者については、休業損害が発生します。実際に収入があるわけではありませんが、家政婦には給与を支払うように、家事労働には経済的な価値があると認められるためです。
休業損害に関して、詳しく知りたい方は、下記記事をご覧ください。
派遣社員の場合、実際に働いていて収入があるわけですから、休業損害が認められること自体に問題はありません。派遣社員が交通事故に遭って働けない期間が発生したら加害者に対し、休業損害を求めることができます。
派遣社員が加害者に休業損害の支払を求めるとき、どのようにして金額の計算をするのでしょうか?
休業損害の基本的な計算方法をご説明します。
休業損害 = 事故前の1日あたりの基礎収入 × 休業日数
基礎収入というのは、計算の基礎とする収入のことです。原則的には、事故前の実際の収入を基準にします。
たとえば、サラリーマンであれば事故前の3ヶ月分の収入をもとに計算することが多く、個人事業者の場合には、事故前の年間の収入を基礎として計算します。
休業日数は、交通事故の影響により、仕事を休んだ日数です。
サラリーマンが有給を使った場合も、給与を得ながら自由な余暇を過ごせる権利を、怪我の治療で消費させられたという意味で経済的な損失があるので、休業日数に含めることができます。
以下では、具体的にどのようにして休業損害を計算するのか、見ていきましょう。
派遣社員の場合の計算方法を検討する前に、まずはオーソドックスなサラリーマンの場合の計算方法を理解しておくとわかりやすくなります。
まずは、基礎収入を計算する必要があります。
サラリーマンの場合、事故前の3ヶ月分の給料を基準にして計算することが多いです。
たとえば事故前の給料が、28万円と30万円と32万円だったとします。すると、合計は90万円です。これを、3ヶ月間の土日祝日も含めた日数である90日で割り算します。すると、1日あたりの基礎収入は、1万円となります。これを3ヶ月間の「期間平均日額」と呼びます。
サラリーマンの基礎収入額
事故前の給料
事故の3ヶ月前 事故の2ヶ月前 事故の1ヶ月前 合計 28万円 30万円 32万円 90万円 期間平均日額 = 90万円 ÷ 3ヶ月 = 1万円
1日あたりの基礎収入を計算できたら、休業日数をかけ算します。
休業日数は、実際に仕事を休んだ期間の日数です(期間で算定するので、土日祝日も休業期間に含めることに注意してください)。
たとえば、先ほど計算したサラリーマンの休業期間が、令和2年7月1日(水)から7月10日(金)までならば、土日を含めた日数である10日を休業日数とします。
こうして、「1万円 × 10日 = 10万円」の休業損害が発生することになります。
上に示した計算方法は、通常の保険実務でとられている方法です。ただし、示談交渉では、保険会社が、「期間平均日額」に「実休業日数(実際に休んだ日の数)」を掛け算した金額を提示することがあります。「期間平均日額」は土日祝日を含めた単価ですから、「実休業日数」で計算すると休業損害が低額となり、被害者に不利な場合があるので、要注意です。
それでは、派遣社員の場合、サラリーマンと何が違うのでしょうか?
「派遣社員でも、給料をもらっているのだから、サラリーマンと同じように計算できるのではないか?」と考える方がいるかもしれません。
しかし、派遣社員には、特有の問題が2つあるので、以下でご説明します。
サラリーマンの場合、時期によって大きく給料の額が異なることは普通はありません。
これに対し、派遣社員は、時期によって異なる派遣先会社に働きに行っています。仕事がまったくない時期もあります。このため、同じ期間の勤務でも給与額が一定しません。
たとえば、事故前3ヶ月間に、たまたま収入が少なかった場合、正社員のサラリーマンと同じ計算方法を採用すると、偶然の事情で基礎収入が少なくなってしまいます。
つまり、派遣社員の場合は、収入の金額が安定しないケースが多く、事故前3ヶ月の収入をベースとすると妥当性を欠く事案が珍しくないのです。
そこで、このような場合は、事故前3ヶ月の収入ではなく、事故前12ヶ月間の収入や事故の前年度の年間収入をベースとして基礎収入を計算する必要があります。
なお、以上の説明は、派遣元会社に登録された労働者が派遣先会社に派遣される都度、労働者と派遣元会社との間で、派遣期間かぎりの雇傭契約を締結する「登録型」派遣を前提としています。
これに対し、労働者が派遣元会社に常時雇用され、派遣されていない期間中も給与が支払われる「常用型」の場合は、毎月の収入は安定しているので、登録型のような問題は生じません。
派遣社員の休業損害を計算するときには、休業期間も問題になります。
正社員のサラリーマンの場合には、期間の定めのない雇傭契約なので、特別な事情がなければ定年まで勤務を続けます。
しかし、派遣社員(登録型)の場合には、派遣元会社との「契約期間」があります。期間が切れると、その日からは働くことがなくなり、収入が入ってこなくなります。すると、派遣の期間が切れた後は、怪我で働けなくとも、休業損害が発生しないことになるのです。
それでは、交通事故前に派遣の期間が切れて、たまたま働いていなかった場合や、事故後に期間が切れて収入がなくなった場合には、その後の期間については、派遣社員に休業損害が発生しないのでしょうか?
この場合の考え方は、個別のケースによって異なります。
具体的には、契約の更新が行われたり、定職に就いたりする蓋然性があったかどうかで決まります。
事故後の契約更新や、定職への就職の蓋然性が高かったことを立証できれば、一定の休業期間を認定してもらえる場合があります。
事故に遭うまでは何度も契約更新さてきたのに、事故で休業したために、契約更新されなかったという「雇い止め」のケースなどは、事故後の契約更新の蓋然性が認められやすいでしょう。
しかし、一定の休業期間が認められても、実際には、契約は更新されておらず、定職にもついていないので、現実の収入を基礎収入とすることはできません。
そこで、厚労省の賃金統計(賃金センサス)による平均賃金を利用して基礎収入を認定します。
ただし、現実には就労していないことを考慮して、控えめな算定とならざるを得ず、平均賃金の金額から何割か減額した金額で算定する裁判例が多くあります。
裁判例1
京都地裁平成23年12月13日判決
派遣社員の被害者(女性36歳)は、事故のために契約を更新できず、契約が終了してしまいました。しかし、裁判所は、もともと事故前に契約の更新が予定されていたことから、事故日から契約期間満了までの75日間の休業損害だけでなく、契約期間満了後から再就職の日まで142日間の休業損害も認めました。この事案で認められた休業損害の総額は約140万円でした。
(交通事故民事裁判例集44巻6号1584頁
裁判例2
大阪高裁平成20年11月5日判決
派遣社員の被害者(男性29歳)は、事故後の休業期間中に契約期間の満了を迎えてしまいました。しかし、裁判所は、被害者が派遣社員として4年間以上勤務した実績があること、派遣会社には契約更新の制度があることなどから、事故がなければ契約が更新されていた蓋然性が高いとして、契約期間満了後の休業損害を認めました。
(自保ジャーナル1770号2頁)
裁判例3
大阪高裁平成21年9月10日判決
オペレーター等の派遣社員として登録していた被害者(25歳女性)は、事故の前年は喫茶店従業員として年収105万円でした。しかし、裁判所は、近い将来に定職に就く可能性は相当程度認められるとして、症状固定まで159日間の休業期間を認定し、女子平均賃金(学歴計、全年齢)の80%である約280万円を基礎収入とした約121万円の休業損害を認めました。
(自保ジャーナル1818号99頁)
裁判例4
大阪高裁平成21年11月17日判決
事故前に派遣社員をしていた被害者(28歳女性)は、事故時には収入がありませんでした。しかし、裁判所は、被害者が大学卒で、将来的には就職を希望していたことなどから、休業損害を認め、女子平均賃金(学歴計、全年齢)の50%を基礎収入と認定しました。
(自保ジャーナル1818号144頁)
なお、派遣元会社に常時雇用される「常用型」では、通常、期限の定めのない雇傭契約となっているので、この問題は生じません(但し、期限を定めている場合は別です)。
事故の怪我で休業を余儀なくされた結果、派遣元会社から解雇されてしまった場合、休業損害の賠償金を受け取ることができるでしょうか?
派遣社員は、派遣元会社と労働契約を結んでいますが、怪我で仕事に就くことができず、労働する義務を果たせなければ、解雇によって契約を解消されてしまいます(なお、交通事故が業務上災害の場合は、労働者の療養期間中及びその後30日間は解雇が禁止されています(労働基準法19条1項))。
解雇したのは派遣元会社ですが、交通事故で怪我をしなければ解雇されなかったのですから、解雇で仕事を失って収入が減少した損害は、交通事故と因果関係のある損害です。
したがって、解雇による減収も休業損害の対象となります。
具体的には、事故がなければ派遣元会社との契約期間満了まで働けたのですから、少なくとも契約期間満了までの期間分の休業損害を加害者側に請求することができます。
また、契約更新の蓋然性があったのであれば、契約期間経過後、少なくとも症状固定までを休業期間として休業損害を請求することが可能です(前記裁判例3を参照)。
さらに、再就職が難しいなどの事情があれば、再就職の日までを休業期間として補償する場合もあります(前記裁判例1を参照)。
以上、派遣社員の休業損害の計算方法をご紹介してきましたが、派遣社員が自分で保険会社と示談交渉をすることにより、上記の基準での休業損害を受けられるのでしょうか?
答えはNOです。
それは、被害者が自分で交渉をすると、相手の保険会社がさまざまな理由をつけて、休業損害を減額してくるからです。
以下で、具体的にご説明します。
派遣社員が相手の保険会社に休業損害を請求したら、相手は、派遣社員の基礎収入について、自賠責基準の1日6,100円を当てはめてくる場合があります。
派遣社員としての、実際の収入実績が、日額6,100円を下回っているならば、この自賠責基準による提案を承諾することも一考に値します。それ以上の収入をあげることができた蓋然性が立証できなければ、それ以上の休業損害を受け取ることはできないからです。
他方、契約更新や定職につくことで、日額6,100円を上回る収入を得る蓋然性があったと立証できるならば、この提案は拒否するべきです。
保険会社が、派遣社員の契約期間が切れた後の休業損害を進んで認めることは、まずないと考えましょう。
示談交渉をしていたら「実際に派遣期間が終了しているのだから、それ以後の休業損害は発生しない」と言ってきます。
しかし、契約期間が切れた後も、契約更新の蓋然性、就労の蓋然性が高ければ休業損害が認められますから、保険会社の対応は不当と言わざるを得ません。
それでは、派遣社員が正当な金額の休業損害の支払いを受けたいときには、どのような方法をとれば良いのでしょうか?
この場合、被害者が自分で示談交渉をすると、保険会社の主張を覆して正当な補償を受けることは難しいです。
被害者が相手に対し、この記事で紹介したような判例や計算方法、考え方を主張しても、相手は「このケースはそれと異なる」とか「そんなことを言うなら示談はできませんね」などと言って、受け入れない可能性が高いからです。
被害者としては、相手の言う通りに合意しなければ裁判するしかないので、「仕方が無い」と思って受け入れざるを得なくなります。
そこで、弁護士に対応を依頼することが効果的です。
弁護士であれば、裁判所の考え方に従って休業損害を計算するので、派遣社員の場合にも、適切に金額の計算をすることができます。
前述のとおり、契約更新や定職に就く蓋然性があれば、契約期間が切れた後の休業損害も認められることを前提に計算するので、休業損害の金額が増額されます。
相手の保険会社がこれらの主張を否定したら、裁判を起こして争うことも可能です。
裁判所は、裁判所の基準で判断するので、被害者の言い分が妥当であれば、その通りに判決を出してもらうことも可能です。
また、休業損害の請求には、保険会社から派遣元会社の休業損害証明書を要求されますが、派遣元会社によっては、休業損害証明書の記載を拒否されるケースもあるようです。こんな場合も、弁護士に相談することが可能です。
弁護士に相談をすると、費用が心配だという方がいるかもしれません。
ただでさえ、休業をしているのに、弁護士費用まで出すことはできない、ということもあるでしょう。
そんなときには、無料相談や弁護士費用特約を利用することをお勧めします。
今は、多くの交通事故に強い法律事務所が、無料法律相談サービスを実施しています。ホームページを検索したら、無料相談を利用できる弁護士事務所がたくさん見つかるので、是非とも利用しましょう。
また、自分や家族が加入している自動車保険に「弁護士費用特約」がついていたら、無料で弁護士に相談や事件対応の依頼をすることができます。
弁護士費用特約が利用できるかどうかについては、自分が加入している自動車保険会社に確認してみたら、わかります。
弁護士費用特約は、自分が契約者となっている場合だけではなく、配偶者や親、子どもなどが契約者になっている場合にも利用できるケースが多いです。
そこで、交通事故で弁護士が必要な場合には、まずは一度、弁護士費用特約を利用できるかどうかを確認して、利用できるなら、早めに弁護士に相談に行きましょう。