交通事故にあった主婦は休業損害をいくら請求できる?分かりやすく解説
専業主婦でも休業損害を請求することができるのか?主婦の休業損害の金額をどのように計算するか?専業主婦と兼業主婦の場合…
[公開日] 2016年5月5日
[更新日]
追突事故でむち打ち症(頚椎捻挫)になる人はとても多く、専業主婦が被害者となる可能性も十分にあります。
専業主婦が追突事故の被害者となった場合も、もちろん損害賠償の請求をすることができます。問題は、休業損害や逸失利益です。どちらも収入減を補償する損害賠償です。
では、専業主婦が交通事故の被害者となったときに休業損害や逸失利益の請求はできないのでしょうか?
確かに専業主婦には、収入はありません。しかし、休業損害や逸失利益の請求は可能です。ただし、注意すべき点があります。
そこで今回は、主婦が追突事故でむち打ち症になってしまった場合の損害賠償について取り上げてみましょう。
目次
最初に、専業主婦が追突事故でむち打ち症になったときに請求することができる損害賠償全体を以下のチャートを使って把握しましょう。
まず、事故発生からむち打ち症の治癒または症状固定までは、治療費や付随する交通費、入院雑費などを実費を基本に請求することが可能です。
加えて、冒頭で説明した休業損害と入通院慰謝料を請求していくことになります。
むち打ち症が治るか、症状固定と医師が診断するまでのこれら費目を請求できます。
症状固定というのは、残念ながら治療を継続してもそれ以上症状が改善しないと医師が診断した状態を言います。いわゆる後遺障害が残った場合です。
では、治癒・症状固定後の損害賠償はどうなるのでしょうか?
むち打ち症が治癒した時点で、損害は解消され賠償はそこで終了します。
医師に症状固定と診断されたときにも、その後の治療費や入通院慰謝料、休業損害は請求することができません。その代わりに、自賠責保険に後遺障害等級の認定を受けることによって、後遺障害慰謝料と逸失利益を請求することが可能となります。
症状が改善しないのに治療をし、その費用や慰謝料まで負担させるのはいくら加害者とはいえ酷でしょう。代わって、後遺障害が残ったことに対する損害賠償を改めて請求することになるのです。
それでは早速、事故発生から治癒・症状固定まで請求することができる休業損害と入通院慰謝料の説明から始めましょう。
専業主婦で実質的に収入がなくても、いわゆる「家事労働」を労働として評価して、事故によりその家事に支障を来すことになった場合は、休業損害の請求は可能です。
掃除・炊事・洗濯・買い物、育児、場合によっては介護など、家事は立派な労働です。内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部が2011年に発表した「家事活動等の評価について」(※1)によると専業主婦の無償労働評価額は、 304.1 万円(OC法※2による)としています。
専業主婦の労働もしっかりと評価されるべきなのです。
※1 参考外部サイト:「家事活動等の評価について-2011 年データによる再推計-」内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部 地域・特定勘定課 平成 25 年 6 月
※2 OC法(機会費用方):家計が無償労働を行うことにより、市場に労働を提供することを見合わせたことによって失った賃金(逸失利益)で評価する方法(内閣府HPより)
休業損害は、以下の計算式によって求めることができます。
休業損害の計算の基準には、自賠責基準、任意保険基準、弁護士基準の3つがありますが、ここでは弁護士基準を取り上げることにします。その理由は、弁護士基準は、実際の裁判でも用いられる基準であり、法的に妥当なうえ、3つの基準のうちで最も高額になるためです。
その他の基準について詳しくお知りになりたい方は、以下の記事をご参照ください。
弁護士基準における専業主婦の基礎収入額は、事故当時の賃金センサスの産業規模計・企業規模計・女子学歴計全年齢平均賃金を基準に算定する事になります。(高齢者の場合は、70歳以上の平均賃金を基準とします)。
平成29年における賃金センサスの金額は、377万 8200円なので、1日あたりの主婦の基礎収入額は10,351円となります。
賃金センサスの金額を使用した基礎収入額
377万 8200円 ÷ 365日 = 10,351円
ちなみに、自賠責基準では、一部例外を除きこの1日当たりの基礎収入額が、5,700円とされ、弁護士基準とでは1日4,000円以上の差がついてしまいます。
しかし、この賃金センサスの金額がそのまま休業損害の賠償額に反映されるわけではありません。
裁判所による裁定を1つご紹介します。
札幌支部 平成25年8月30日裁定・札審第522号
この事例では、30歳主婦が交通事故によってむち打ち(頚椎捻挫)の傷害を受け、およそ71日間の治療期間を要しました。
当時の賃金センサスから換算した1日あたりの休業損害額は9,750円であり、これがどこまでの範囲で認められるかが争点となりました。
事故直後の14日間についてはむち打ちの症状がひどく、ほとんど家事ができなかった事に鑑み、被害者側の100%の主張に対し、80%が認められました。
被害者は、この間、首が上下左右にほとんど動かせず、洗濯や掃除は夫に頼み、買い物については実家から食品をもらうことで対処しており、実際には、ほとんどの家事ができなかったと主張しています。
その後の57日間については、首が左右に動かせるようになったものの、一定の方向を向こうとすると痛みを感じる状態が継続しており、洗濯はできても干す事ができないなど、以前程ではないにしろ、依然として家事労働に支障が出ていることが考慮され、40%が認められるにとどまりました。
ほとんど家事ができなかった14日分については80%まで認められましたが、その後の57日間については、40%が認められたに過ぎません。
専業主婦の休業損害の算定において最もポイントとなるのは、1日あたりの基礎収入額がどれくらいの割合で認められるのかということです。すなわち、さきほど算出した1日あたりの休業損害は、あくまで主婦業が完全にできない状況のもとにおいて支給される上限額です。
むち打ち症が家事労働に与える影響が一定割合にとどまる場合には、その限度において休業損害が制限されることとなります。
このように専業主婦の休業損害は、その怪我の程度によって認められる金額が大幅に変わってくるので、個別の案件に応じて検証することになります。
大切な事は、実際に家事労働に対してどの程度の影響が出ているのかについて、できる限り事細かく主張立証することです。怪我の内容によって、家事労働に及ぼす影響は千差万別です。そのため、実際にどのような支障が出ているのかを裁定員や裁判官などにきちんと理解してもらう事が大切なのです。
完全に専業主婦という方は、珍しいかもしれません。主婦とはいえ、パートやアルバイトをして多少なりとも収入のある方の方が増えているのが現状です。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の国の白書等をまとめた「専業主婦世帯と共働き世帯」(※)によれば、2018年の共働き世帯が1,219万に対して、専業主婦世帯が600万という数字が出ています。
そこで、パートやアルバイトの兼業主婦の方の休業損害の基礎収入額についても触れておきましょう。
兼業主婦の年収が賃金センサスの金額を超える場合はその収入を基準に、年収が賃金センサスの金額以下の場合は、賃金センサスが基準となります。アルバイト・パートの収入分の休業損害を賠償して終わろうとする保険会社もあるので、注意が必要です。
※「専業主婦世帯と共働き世帯」独立行政法人労働政策研究・研修機構
実は主婦が被害者になった場合には、「保育料」を請求できることがあります。小さい子どもを連れて通院するのは大変です。どうしても保育施設に子どもを預けた上での通院となります。
これについて裁判所は、家事労働に対して休業損害を認めている以上、別途保育料を認めると損害の二重算定になるとしつつも、むち打ち症のように休業損害が「100%認められていないケース」においては、実際に支出したうちの一定額を損害として認める見解を示しており、過去の事例では、保育料にかかった費用のうち50%の賠償を認める判決もでています。
金額的にはさほど大きくありませんが、むち打ち症自体で請求できる賠償額がそれほど大きくはなりにくいため、貴重な請求項目となるでしょう。
入通院慰謝料については、専業主婦だからといって制限されることはありません。
弁護士基準で、他覚所見のないむち打ち症の入通院慰謝料を算定するときは下表の入通院慰謝料別表Ⅱを使用します。他覚所見というのは、わかりやすくいうと、MRIなどの画像によって医師がむち打ち症の症状を確認できることを言います。
別表Ⅱは、他覚所見がある場合に使用する別表Ⅰより金額が低く設定されています。
入通院慰謝料別表Ⅱ(単位万円) | ||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
入院 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 13月 | 14月 | 15月 | |
通院 | 35 | 66 | 92 | 116 | 135 | 152 | 165 | 176 | 186 | 195 | 204 | 211 | 218 | 223 | 228 | |
1月 | 19 | 52 | 83 | 106 | 128 | 145 | 160 | 171 | 182 | 190 | 199 | 206 | 212 | 219 | 224 | 229 |
2月 | 36 | 69 | 97 | 118 | 138 | 153 | 166 | 177 | 186 | 194 | 201 | 207 | 213 | 220 | 225 | 230 |
3月 | 53 | 83 | 109 | 128 | 146 | 159 | 172 | 181 | 190 | 196 | 202 | 208 | 214 | 221 | 226 | 231 |
4月 | 67 | 95 | 119 | 136 | 152 | 165 | 176 | 185 | 192 | 197 | 203 | 209 | 215 | 222 | 227 | 232 |
5月 | 79 | 105 | 127 | 142 | 158 | 169 | 180 | 187 | 193 | 198 | 204 | 210 | 216 | 223 | 228 | 233 |
6月 | 89 | 113 | 133 | 148 | 162 | 173 | 182 | 188 | 194 | 199 | 205 | 211 | 217 | 224 | 229 | |
7月 | 97 | 119 | 139 | 152 | 166 | 175 | 183 | 189 | 195 | 200 | 206 | 212 | 218 | 225 | ||
8月 | 103 | 125 | 143 | 156 | 168 | 176 | 184 | 190 | 196 | 201 | 207 | 213 | 219 | |||
9月 | 109 | 129 | 147 | 158 | 169 | 177 | 185 | 191 | 197 | 202 | 208 | 214 | ||||
10月 | 113 | 133 | 149 | 159 | 170 | 178 | 186 | 192 | 198 | 203 | 209 | |||||
11月 | 117 | 135 | 150 | 160 | 171 | 179 | 187 | 193 | 199 | 204 | ||||||
12月 | 119 | 136 | 151 | 161 | 172 | 180 | 188 | 194 | 200 | |||||||
13月 | 120 | 137 | 152 | 162 | 173 | 181 | 189 | 195 | ||||||||
14月 | 121 | 138 | 153 | 163 | 174 | 182 | 190 | |||||||||
15月 | 122 | 139 | 154 | 164 | 175 | 183 |
追突事故でむち打ち症となり、3ヶ月通院のみした場合は53万円、6ヶ月通院のみした場合は89万円、入院1ヶ月・通院3ヶ月の場合は83万円といった見方をします。
ただし、むち打ち症で他覚所見がない場合は、症状、治療内容、通院頻度をふまえて実通院日数の3倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある(※)ので注意が必要です。
※ 「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 平成31年版」186頁より
その他の自賠責基準、任意保険基準の入通院慰謝料や後遺障害慰謝料、認定を受けるためのポイントなどについてお知りになりたい方は、以下の関連記事の併読をお勧めします。
次項からは、後遺傷害が認定された後の損害賠償について解説しましょう。
むち打ち症で後遺障害が残り、自賠責保険に後遺傷害等級の認定を受けると、後遺障害慰謝料と逸失利益を請求することができます。
後遺障害慰謝料の基準額は、自賠責保険の認定する等級によって決まります。
むち打ち症が該当する後遺傷害等級は、12級と14級です。それぞれの後遺障害等級の弁護士基準による慰謝料相場を下表にまとめました。
等級 | 弁護士基準による後遺障害慰謝料額 |
---|---|
12級 | 290万円 |
14級 | 110万円 |
もちろん、この額がそのまま個別の事案に当てはまるわけではありません。個々の事故態様や被害者の事情などを勘案して決められることになります。
逸失利益とは、後遺障害による労働能力の喪失がもたらす将来の減収に対する補償です。後遺障害で仕事の能力が落ちたり、できなくなったりしたことによる収入減をカバーする趣旨です。
裁判所は昔から主婦の逸失利益については認めており、最高裁も、「妻の家事労働は財産上の利益を生ずるものというべきであり、これを金銭的に評価することも不可能ということはできない」(昭和49年7月19日判決)としています。
逸失利益は以下の計算式によります。
専業主婦が被害者となった場合、年収額は、休業損害と同様に賃金センサスの産業規模計・企業規模計・女子学歴計全年齢平均賃金を基準にします。
アルバイトやパートの兼業主婦の年収額については、休業損害と同じ考え方です。年収が賃金センサスの金額より大きければ賃金センサスの金額を、年収が賃金センサスの金額より低ければ、賃金センサスの金額を使用します。
労働能力喪失率は、自賠責保険の後遺傷害等級により定められており、12級、14級の労働能力喪失率は、以下の通りです。
等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
12級 | 14% |
14級 | 5% |
「就労可能年数に応じたライプニッツ係数」は、以下の国土交通省のサイトで調べることができます。
参考外部サイト:国土交通省「就労可能年数とライプニッツ係数表」
ライプニッツ係数というのは、被害者が将来受け取るべき逸失利益の給付を一括して受けることで、前倒しの分利息が発生しているという考えを前提としています。そこで、その利息による増額分を控除する必要があり、就労可能年数に応じたライプニッツ係数はこの利息を控除するために使用します。
就労可能年数は、どのくらいの期間労働能力が失われるのかによって決定します。
追突事故でむち打ち症となった際に問題となるのは、この労働能力の喪失期間をどのくらいにするのかということです。
労働能力の喪失期間は、原則として症状固定後から67歳までとなっています。労働能力喪失期間は、年齢、症状の程度、職種などによって異なる判断がなされます。
しかし、むち打ち症の労働能力喪失期間は、一般に12級で10年、14級で5年を目安に制限されることが多いのが実情です。むち打ち症は、期間経過により神経症状に対する慣れや症状の緩和よって、労働能力が回復する可能性があるとされているからです。
また、家事労働の経済的価値は、あくまで他人のための労働についてに発生するという考え方から、一人暮らしの女性の家事労働については逸失利益が否定される傾向にあります。
ここまで、自賠責基準、任意保険基準、弁護士基準と3つの基準がある休業損害、慰謝料については、弁護士基準を使って解説してきました。
しかし、被害者となった主婦が自分で弁護士基準で示談を進めようとしても、相手側の保険会社がそれに応じてくれるかは別問題です。
そんな時は、弁護士に依頼するのが得策です。一般的に保険会社は時間も費用もかかる裁判を避けたいと考えます。弁護士が訴訟も辞さない態度で交渉に臨めば保険会社も応じざるを得ません。
もし、交渉が上手くいなかった場合でも、弁護士に依頼していれば、裁判により弁護士基準の慰謝料を獲得できる可能性もあります。また、弁護士が介入することで、被害者側の事情を考慮し、できるだけ相応しい示談金に引き上げる交渉をしてくれます。
最後に、ご自身の慰謝料が具体的にいくらになるのか気になる方は、是非以下の「交通事故の慰謝料相場シミュレーション」をお試しください。
弁護士に相談することで、これらの問題の解決が望めます。
保険会社任せの示談で後悔しないためにも、1人で悩まず、今すぐ弁護士に相談しましょう。
交通事故に強い法律事務所です。弁護士法人 心の弁護士・スタッフが一丸となって被害者の方をサポートいたします。
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