交通事故の休業損害の計算方法|弁護士基準で解説
交通事故に遭い、事故が原因で仕事ができない期間が発生すると、被害者は事故の相手に対して休業損害を請求できます。休業損…[続きを読む]
交通事故で治療などのために仕事ができない期間、得られなくなった収入を加害者に対し「休業損害」として請求することができます。
サラリーマンの場合には、給与額が明らかなので、休業損害を計算しやすいですが、自営業者の場合には、そうはいきません。
たとえば、税務署に過少申告していたケース、赤字のケース、開業準備中で収入の実績がないケース、確定申告していない場合などは、どのように損害を計算するのでしょうか?
この記事は、 自営業・個人事業主が交通事故に遭った場合の休業損害について、また、判例や通院日数との関係、証明方法、計算方法、休業損害証明書にあたるものなどを弁護士が解説します。
ただ、個人事業主の休業損害は難しいため、まず交通事故に強い弁護士に相談をするほうが良いでしょう。
自営業者が交通事故に遭った場合でも、休業損害が発生するケースとしないケースがあります。
休業損害が発生するのは、人身事故で、被害者がケガをしたケースです。
これに対し、物損事故の場合には、休業損害は発生しません。たとえ休業しても、物損と休業の間に因果関係が認められないからです。
仕事で使う車の修理のために仕事を休んだのならば、事故と因果関係がありそうですが、白ナンバー車は代車で業務を続けることができ、休業せずに代車を使用して「代車料」を請求すれば良いので、休業損害を請求することはできません。
また、仕事に使っている車が緑ナンバー車の場合は代車の調達は困難なので、「休車損害」を請求することが可能ですから、やはり休業損害は認められません。
即死事故では、事故後の休業損害は「死亡逸失利益」に含まれてしまうので、休業損害は独立した損害項目とはなりません。
即死ではなく、入院して数日後に死亡した場合は、事故から死亡までの間、働けなかった期間の休業損害を請求することができます。
サラリーマンや公務員などの場合、勤務先に「休業損害証明書」を作成してもらうことにより、簡単に休業期間を証明することができます。
しかし、自営業者の場合には、そういったことができないので、すべて自分で立証しなければなりません。
特に、所得金額や固定費については通常、「前年の確定申告書」と「その添付書類」を参考に把握することになります。
個人事業主の場合も、休業損害の対象となるのは通常「入院日」と「通院日」です。
入院日や通院日は、診断書や診療報酬明細書などの書類を通じて確認することができます。
もっとも、休業期間は通気期間などで機械的に決まるものではありません。
被害者には動ける者もいれば、動けない者もおり、同じ怪我でも、その従事する仕事によって、就労できる者もいれば、就労できない者もいるからです。住居と職場と病院の地理関係によっても休業が必要か否かは変わってきます。
実際には、「治療・通院期間の範囲内で障害の内容・程度、治療経過、被害者が従事している仕事の内容などを勘案して、相当な休業期間を認定する」(※)のであって、休業期間をどのように認定するかは、裁判所の裁量に委ねられているのが実情です。
このため以下のような方法などが採用されています。
※別冊判例タイムズ38・民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準・全訂5判(東京地裁民事交通訴訟研究会編)14頁
さらに問題になるのが、自宅療養の日数の問題です。
自宅療養は治療の一環ですから、その必要性があることを、医師の診断書によって証明しなければ、休業損害として認めてもらうことが原則難しくなります。
「自己判断」で、身体が痛いから仕事を休んだと言っても、休業日数にはならないので注意が必要です。
そもそも休業損害は「現実の収入の減少」を補償するものです。
定期的な収入があり、事実上経費が観念できない給与所得者は、これを把握することは簡単です。
しかし、自営業者の場合、収入を捕捉する期間、経費をどのように計上するか、事故と無関係な増減収をどう考えるか、確定申告書や帳簿内容の正確性など、様々な要因から、何が「現実の収入」で何が「収入の減少」なのか、一義的に確定することはできません。
それゆえ、自営業者の休業損害額を計算する方法は、ひとつに決まった方法があるわけではなく、弁護士も裁判官も、各被害者の営業実態と手もとにある証拠資料に応じて、適切な算定方法を「適宜」選んでいるというのが本当の実情です。
ひとつの算定方法で足りるなら楽なのですが、それは無理なのです(※)。
※自営業者の休業損害についての実務の混乱状況については、東京地裁民事交通部・松本真裁判官講演録「赤字事業を営む経営者の休業損害と逸失利益の算定における基礎収入額」(「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準2014年版下巻」25頁以下)
そこで、ここでは、計算方法のひとつとして、「青本」(※)で説明されている方法を御紹介します。あくまでも青本に掲載されているだけで、「赤い本」の弁護士基準には掲載されていないことに注意してください(赤い本の基準でないから東京地裁では使えないということはありません。計算方法はいくつもあるので、「赤い本」はひとつの計算方法だけを掲載することを避けているのです)。
※青本:「交通事故損害額算定基準」(日弁連交通事故相談センター本部)
その方法とは、「事故前年」の「確定申告所得額」によって、基礎収入日額を算定する方法です。ごく単純に、次の計算となります。
「事故前年の確定申告所得額」×「365分の1」=基礎収入日額
この日額に休業日数を乗じれば休業損害となります。
なお、休業損害のより一般的な「自賠責基準」、「弁護士・裁判基準」による計算方法については、次の記事をご確認ください。
注意点が2つあります。
まず青色申告をしていた場合には、優遇措置である「青色申告控除」がなされる前の金額を用いることを忘れないでください。忘れると基礎収入が低くなってしまいます。
次に、この計算方法によった場合は、休業中でも支出を余儀なくされる固定費を休業損害に加算できることを忘れないでください。
地代家賃、従業員給料、減価償却費などの固定費は、休業していても事業を維持するために負担しなければならないので、無駄になった支出として、むしろ前述の「積極損害」と同様だからです。
なお、近年では、算出された休業損害に「事故当年の固定費」を加算するのではなく、「事故前年の固定費額」を「事故前年の確定申告所得額」に加算してから日割りする方法を採用する例が多いとされています。
「無駄になった」支出というよりも、当然に「無駄が予想される」支出として、当初から計算に折り込んでしまうというわけです。この方が、事故当年の休業が一部の期間であった場合に加算額の当否を検討する必要が無いので簡便でしょう。
事業主が働けなくなった分、外注を利用することによって事業の継続を図ったケースでは、外注の発注分の費用も損害として請求することができます。
また、事業を再開するために広告を出すなど、余分な出費が発生したケースでも、相当額が損害として請求が認められます。
以下、裁判例です。
広告費を損害と認めた裁判例 東京地裁昭和61年10月30日判決
寿司店を経営していた被害者が、休業後に営業を再開するに際して新聞折り込み広告を出したケースで、広告料16万5000円を損害として認定しました。
(交通事故民事裁判例集19巻5号1501頁)
基礎収入の算定における「専従者給与」の取扱いは、実際に専従者が労務についているかどうかによります。
専従者の労務実態がない場合は、専従者給与相当額は、事業主の収益に加算します。
逆に、専従者がいて実際に労務を担当しているのに、給与が支給されていないときは、実態に見合った給与相当額が事業主の収益から差し引かれるケースもあります。
自営業者の場合、夫婦で営業をしていることも多く、確定申告書の収入金額は、夫婦2人の協力によって得られたものであり、被害者1人の収入と言うことができません。前述の専従者給与と同じ問題です。
そこで、配偶者による寄与分を控除する必要があります。
ただし、具体的にいくら控除すべきかについては、夫婦それぞれの担当業務や職種、収入額などを考慮しながら、個別のケースに応じて判断されます。
妻の寄与分を3割と認定した裁判例の紹介
衣料品の卸業者(夫)が交通事故に遭った事案で3割が妻による寄与分であるとして、利益の7割を被害者である夫の基礎収入と認めた裁判例があります(大阪地裁平成5年4月8日・交通事故民事裁判例集26巻2号459頁)。
交通事故に遭っても、実際には減収が発生しないことがあります。その場合、休業損害は基本的に認められません。休業損害は、交通事故によって働けなくなり、得られなくなった収入について認められるものだからです。
しかし、「家族や従業員が代わりに仕事をしてくれたので、減収が発生しなかった」というケースもあります。このような場合、実際に減収が発生していないとしても、その収入は、家族や従業員が余分に働いたことによって維持されたわけですから、事業主が働けなかった分については、休業損害が認められます。
具体的には、事業主の休業を穴埋めした家族や従業員の働きを金銭的に評価して、その金額を損失と捉えることになります。
また、外注を利用して減収を回避した場合などにおいても、必要かつ相当な費用につき、休業損害として認めてもらうことができます。
確定申告書は、あくまでも収入を裏付ける証拠のひとつに過ぎませんから、過小申告をしていた場合、実収入を証明できれば、実収入ベースで休業損害を請求することができます。
ただし、そもそも過小申告は違法行為ですから、裁判所からは厳しい目で見られることが多く、よほど有無を言わせぬ確実な証拠を示せない限り、実際には、確定申告書を超える収入を証明することは無理です。
確定申告書を超える収入が認められるのは、たとえば、申告書の所得によっては普通に生活することすら難しいケースなどに限られ、その場合でも主張どおりの金額が認定されるのではなく、平均賃金の程度が認められるにとどまります。
自営業者の場合、「赤字決算」になることがあります。赤字の場合、基礎収入がマイナスということですから、前述の計算方法によると、マイナスに掛け算をすることになるので、休業損害もマイナスということになってしまいます。
最終的な決算内容が「赤字決算」であっても、青色申告控除、専従者控除、固定費などを加算するとプラスに転じるケースでは、前述の計算方法を利用できますが、そうでない限り、他の算定方法を採用するしかありません。
では、どのような方法があるか、以下に、ほんの概略を御紹介します。
1つ目は、固定費だけを基礎収入として捉える方法です。
事業を休業した場合であっても、固定費の支払いは必要です。このことは、赤字経営であっても同じことです。そこで、休業によって無駄な支出になってしまった固定費分を、基礎収入として算定します。
ただ、通常の赤字事業主は、事業を継続するほど、固定費以外の経費も増加するため、休業することで固定費以外の経費の支出を免れることが可能です。
したがって、赤字の場合に固定費を基礎収入とすることは、損害を過大に評価することになる欠点があり、裁判所の理解を得ることはなかなか難しいと言われています。
2つ目の方法は、事故年度の赤字から、事故の前年度の赤字を引き算した金額、つまり事故による赤字の拡大額をもって休業損害とする方法です。
赤字損失の拡大をもって損害を認定した裁判例
東京地裁平成24年8月29日判決
(交通事故ではなく火災事故の事案ですが)3期連続の純損失を計上していた被害企業について、火災がなければ予想された損失計上額と火災後の実際の損失計上額の差額をもって休業損害と認定しました。
(判例時報2169頁16号)
ただし、この方法では、加害者の保険会社からは、「事故以外の原因で損失が拡大した可能性がある」と反論され因果関係の立証が難しい場合があります。
赤字事業主の場合に限られませんが、減収を裏付ける明確な資料がない場合でも、収入が減ったであろう蓋然性が認められるならば、統計上の平均賃金の数値を利用して損失額を認定してもらえる場合があります。
赤字申告でも、賃金センサスを利用して収入を認定した裁判例
名古屋地裁平成4年7月29日判決
事故前に、売り上げから諸経費を差し引くと損失となる内容の税務申告を行っていた喫茶店経営者について、その妻や長男に、専従者給与として相当額を支払っていた事実があることから、減収があったものと認め、これを賃金センサスの男子平均賃金の3分の2とした事案があります。
(交通事故民事裁判例集25巻4号892頁)
以上のように、赤字の個人事業主でも休業損害を請求できる場合がありますが、計算方法はケースによってさまざまです。なるべく自分に有利な計算方法を採用する必要があります。一般の方では、判断はまず無理ですから、「交通事故に強い弁護士」に相談しましょう。
開業準備中の場合、まだ一回も確定申告していないですし、実際に収入を得た実績もありません。それでも、休業損害が認められるのでしょうか?
開業前の準備中の場合、もし交通事故がなかったら、無事に開業して収入を得ることができたわけですから、休業損害を認めるべきです。
ただし、どのような場合でも、常に休業損害が認められるものではなく、認められるためには、これまでの職歴、職種、準備の程度などからして、開業して「収益をあげることの蓋然性が高いこと」が必要です。
そして、収入の算定にあたっては、前職での収入や職種などを考慮しつつ、平均賃金を利用します。
例えば、以下の裁判例などがあります。
開業準備中の事故で、平均賃金により休業損害を認定した裁判例
横浜地裁平成5年3月29日判決
土産店の経営を準備中に事故にあった被害者につき、事故直前に前職を退職して、法人設立手続を勉強し、商号入りの名刺を印刷するなどしていたことから、賃金センサスの平均賃金により休業損害を認定した事例があります。
(交通事故民事裁判例集26巻2号425頁)
個人事業主が事業展開するとき、事業を拡大することがよくあります。
事業の拡大中に交通事故に遭った場合、前年度の所得を基準にすると、実態よりかなり収入金額が少なくなってしまうと主張するケースがあります。
このようなケースでは、順調に事業拡大が進んでいたことや、交通事故がなかったとした場合に得られたであろう蓋然税の高い収入金額を、証拠によって証明する必要があります。
理屈の上では、きちんと証明ができれば、拡大後の収入額を前提として、休業損害を請求することが可能となるはずです。
しかし、実際には、このような請求に対しては、事業遂行の蓋然性自体が疑問視されたり、予想する収入額が過大であると反論されたりします。
特に、ほとんどの場合、拡大前の利益率で計算した金額が主張されますが、拡大した事業規模に比して、売上原価や経費が過小に過ぎる例が多いと言われています。
このようなことから、拡大した事業を前提として損害を立証することは、かなりの困難を伴います。
自営業者の場合「そもそも確定申告していない」ケースがあります。
その場合であっても、実際に収入があって、事故によって休業を余儀なくされたわけですから、休業損害の請求自体は可能です。
ただし、確定申告書を証明書として資料として使うことができないため、減収があったことや減収額については、被害者が自分で証明しなければなりません。この証明は、かなり難しくなります。
たとえば「売り上げが入金されている通帳」や「領収証」「経費の支払いについての記録」(振込証や通帳の引き落としなど)を使って、1つ1つ計算します。
売上帳や出納帳があれば、そういったものも資料にすることができます。
ただし、そのような資料を積み重ねる努力をしても、裁判所が、無申告の被害者の主張する金額をそのまま認めてくれることは、まずありません。
せいぜい、無収入ではなかったことを認めて、平均賃金を参考とした金額を損害としてくれるだけです。
自営業者が交通事故に遭うと、廃業を余儀なくされるケースがあります。
その場合、単に収入が減少するだけではなく、後処理のためのさまざまな費用が発生しますし、事業の資産なども処分することになるので、投資した資金は無駄になってしまい、損失として加害者に対して請求をする必要性が高いです。
そこで、廃業によって生じた損失分も、加害者に請求することができます。
例えば、事業用資産(設備や施設、在庫商品等)の資産価値何割かを損害として認定することが多いです。
事故で廃業した事業の投資金額を損害と認めた裁判例
高松高裁平成13年3月23日判決
美容院を経営していた女性が交通事故に遭った事案では、事故がなかったら、美容院を継続していたはずであるとして、開業の際に投資した金額である564万円のうち、約5割の金額を損害として認めた裁判例もあります。
(自保ジャーナル1404号1頁)
今回は、自営業者の休業損害について、解説しました。
自営業者の場合、給与所得者と比べて基礎収入や休業日数を把握しにくいため、保険会社と争いが発生することが多く、不当に減額されやすいです。赤字経営の場合、事業拡大中の場合、過少申告の場合、確定申告していない場合など、いろいろなケースがあり、それぞれに応じた対処方法をとらねばなりません。
被害者が自分で示談交渉を進めても、スムーズに支払いを受けることが難しくなります。
確実に高額な休業損害を獲得するためには、交通事故に強い弁護士によるサポートを受ける必要があると言えます。
自営業で交通事故に遭った場合には、なるべくお早めに交通事故に積極的に取り組んでいる弁護士を探して、相談を受けるようにしましょう。