自動車運転処罰法違反とは?刑罰と適用範囲をわかりやすく解説
交通事故の加害者になると、「自動車運転処罰法」という法律により、罰則を受ける可能性があります。その場合に受ける刑罰の…[続きを読む]
近年、認知症患者が関係する交通事故が社会問題化しています。自治体によっては、民間保険によって、認知症患者が起こした事故の補償をする制度の導入を始めています。
もし認知症患者が加害者となる交通事故の被害者になってしまった場合、通常の事故と同様に慰謝料や治療費を払ってもらえるのか、刑事責任を追及することはできるのか、それとも泣き寝入りするしかないのか、気になる方は多いと思います。
この記事では、認知症患者が交通事故を起こした場合の法律問題、特に認知症患者が負担する刑事・民事上の法的責任を中心に解説します。
また、逆に歩行・徘徊中の認知症患者を車で轢いてしまった場合、相手が飛び出してきた場合、徘徊老人の場合は、加害者はどのような責任を負担するのか、家族の責任は、についても併せて解説します。
目次
それでは、まず飛び出してきた交通事故の加害者である認知症患者に対して刑事上の責任を問うことができるのかどうかについて、具体的に解説します。
刑事上の責任とは、加害者の加害行為が犯罪行為に該当すると認定されることにより、加害者が刑罰の制裁を受けることを言います。
刑事上の責任があると認定するためには、刑法で定められている犯罪の構成要件をすべて満たし、かつ違法性阻却(違法性が認められないこと)及び責任阻却(刑事責任が認められないこと)に該当する事由がないことが要件となります。
認知症患者が加害者である交通事故、飛び出してきた場合など、刑事責任能力の有無が典型的に問題となります。
認知症患者が飛び出して交通事故により人を死傷させた場合、認知症患者の行為は、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」5条に規定される自動車運転過失致死傷罪の構成要件に該当します。
自動車運転過失致死傷罪の法定刑は、7年以上の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金とされています。
刑事責任能力について、刑法39条1項および2項は以下のとおり規定しています。
刑法39条
1項 心神喪失者の行為は、罰しない。
2項 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
ここで言う「心神喪失」とは、精神の障害により、行為の違法性を弁識し、その弁識に従って行動を制御する能力を欠く状態をいい、また「心神耗弱」とは、このような弁識能力または制限能力が著しく限定されている状態をいいます。
統合失調症患者による殺人罪の事案における最高裁の判例(最判昭和53年3月24日(※))は、心神喪失又は心神耗弱に該当するか否かについては、下記項目を総合的に考察することにより判断すべきものとしています。
病歴
- 犯行当時の病状
- 犯行前の生活状態
- 犯行の動機・態様
- 犯行後の行動
- 犯行以後の病状
つまり、この判例の考え方によれば、認知症患者による過失運転致死傷罪についても、認知症であることのみをもって心神喪失や心神耗弱に該当して刑事責任が免責または減軽されるというわけではなく、運転行為時に、どの程度の能力があったのかを諸事情から判断することになります。
次に、飛び出してきた交通事故の加害者である認知症患者に対して、民事上の損害賠償を請求できるのかどうかについて解説します。なお、刑事上の責任と民事上の責任は、それぞれ独立した裁判所によって判断されるため、必ずしも責任の有無に関する判断の結果が同じになるわけではなく、一方は認められ、他方は認められないというように判断が分かれることもあり得ます。
民事上の責任とは、加害者が被害者に対して与えた損害を補填する義務を負うことを言います。
交通事故の場合、損害の補填は「金銭による損害賠償」により行われます。
認知症患者が加害者である交通事故の場合、民事上の責任に関しても、認知症患者の民事上の責任能力の有無が問題になり得ますが、責任能力の判断基準が刑事上の責任の場合とは異なります。
交通事故の場合、被害者は加害者に対して、損害賠償請求をすることができます。
請求できる項目は、治療費、休業損害、死亡の場合や後遺症がある場合には逸失利益、慰謝料などが主要なところですが、交通事故との間に因果関係がある損害については、基本的にすべて損害賠償の対象となります。
他人に損害を与えた加害者の賠償義務を定める原則規定は、民法709条の不法行為責任です。
ただ、民法713条は次のように規定しています。
民法713条
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。
認知症は上記の「精神上の障害」に該当します。よって、認知症によって「自己の行為の責任を弁識する能力を欠く」状態に至っている場合には、認知症患者は民法709条の不法行為責任を負担しません。
「自己の行為の責任を弁識する能力を欠く」状態とは、自らの行為が法的に非難を受け、何らかの法的責任が生ずることを理解する知能を欠いている状態を言います。
ボーダーラインとしては、単純に物事の善悪がわかる、という水準よりはレベルが高く、「法的に悪である」ということがわかるレベル以上に知能が残存していることが必要です。一般的な年齢で言うと、10歳から12歳程度の知能が必要であると言われています。
よって、単に認知症であるというだけで民事上の損害賠償責任が否定されるわけではなく、症状の進行度などによって判断する必要があるということになります。
ただし、加害者が認知症で責任無能力であったとしても、交通事故の損害賠償責任を免れることはほとんどありません。
何故なら、交通事故の場合、加害者側は、ほとんどの場合、自賠責法第3条の運行供用者責任を負担するからです。
運行供用者責任は、車両の所有者や運転者など、何らかの形で、その車両の運行による利益を得て、運行を支配している立場にあると評価される者(運行供用者)に、人身損害の賠償義務を課すものです。
非常に厳しい責任であり、運行供用者は、以下の3つの免責要件の全てを証明しない限りは損害賠償義務を免れないのです。
しかも、責任無能力者の責任を否定する民法713条は、運行供用者責任には適用されません。
東京地裁平成25年3月7日判決
「自賠法3条は、自動車の運行に伴う危険性等に鑑み、被害者の保護及び運行の利益を得る運行供用者との損害の公平な分担を図るため、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠責任に関し、過失責任主義を修止して、運行を支配する運行供用者に対し、人的損害に係る損害信義務を負わせるなどして、民法709条の特則を定めたものであるから、このような同条の趣旨に照らすと、行為者の保護を目的とする民法713条は、自賠法3条の運行供用者責任には適用されないものと解するのが相当である」
(判例タイムズ1394号250頁)
結局、加害者が認知症患者で責任能力がないと認定されても、加害者側が上の免責3要件を立証できない限り、運行供用者責任を免れることはできないのです。
運行供用者責任が認められる以上は、自賠責保険から賠償金の支払いを受けることができます。
また、任意保険から支払を受けることができるかは、その保険契約の内容次第です。
例えば、東京海上日動火災保険株式会社の「TAP(一般自動車保険)」の約款(2020年1月1日以降始期契約分)では、被保険者(補償対象となる者)が責任無能力者である場合は、その親権者その他の法定監督義務者、監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者にまで補償対象が拡大される旨が定められています。
これは責任無能力者の事故でも補償対象となることを前提として、法定監督義務者等が賠償責任負う場合にも保険が適用となることを意味します(監督義務者については、次項の説明を御参照ください)。
他にも、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社の「一般総合自動車保険」の約款2020年1月1日以降始期契約分)も同様です。
仮に、責任無能力者の事故は補償対象とはならないと明記されている約款があるならば、その任意保険からの補償を受けることはできません。
交通事故の加害者である認知症患者が、運行供用者責任を負担するとしても、任意保険はおろか、自賠責保険にも加入しておらず、認知症患者本人も賠償金を支払う財力がないという場合は実際の支払を受けることが期待できません。
このような場合、被害者は誰に対しても損害賠償を請求することができないのでしょうか?家族はどうなんでしょうか。
この点、民法714条1項には以下の内容が定められています。
民法714条1項
前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
上記の「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」すなわち「法定監督義務者」とは誰でしょうか?家族のことでしょうか。
まず成年後見人は、法定監督義務者ではありません。成年後見人には、本人を介護したり、監督したりする義務は課されていないからです(最高裁平成28年3月1日判決(※))。
次に、認知症患者と同居している配偶者も、それだけで法定監督義務者とされるわけではありません。夫婦は、互いに同居し、協力し、扶助し合う義務が課されていますが(民法752条)、これは夫婦内部の義務に過ぎず、夫婦外の第三者に対して負担する性格のものではないからです(前記判例同旨)。
同じく、認知症患者の子どもが同居していても、それだけで法定監督義務者とされるわけではありません。
ただし、同居の配偶者や子どもに限らず、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど、衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる「客観的状況」がある場合には、「法定監督義務者に準ずる者」として、監督責任を負う場合があるとされています(前記判例同旨)。
その「客観的状況」を判断するには、その者(法定監督義務者に準ずるか否かの検討対象となる者)の生活状況や心身の状況、親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況など、その者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮するとされています(前記判例同旨)。
家族に関する責任はこういうことになるわけです。
これまで検討したケースとは逆に、歩行中・自転車運転中・徘徊老人の認知症患者を車で轢いてしまい「交通事故の加害者となってしまったケース」において負担することになる法的な責任について解説します。
まず、刑事上の責任に関して解説します。
運転者の行為については、自動車運転過失致死傷罪の成立の有無が問題となります。
争点となるのは、「加害者の過失の有無」ということになります。例えば、認知症患者が突然車道に飛び出したというように、およそ不合理な行動をとったために、それを運転者が回避することが全く期待できない状況であれば、運転者の過失が否定されることになります。
次に、民事上の責任に関して解説します。
認知症患者が加害者のケースと同様、加害者側が免責3要件を立証できない限り、運行供用者責任を問われることになります。
ただし、運行供用者責任といえども、事故との間に因果関係がない免責要件まで立証する必要はありません(最高裁昭和45年1月22日判決(※))
したがって、前記のように、認知症患者が不意に車の前に飛び出したという事例の場合、運転者は、3つの免責要件のうち、1.自分が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと(回避が不可能だったこと)を立証すれば、その他の免責要件(前記2.3.)は事故と無関係であることを主張・立証するだけで免責を受けることができます。
仮に免責されず、運行供用者責任を負う場合でも、多くの場合、被害者である認知症患者側にも過失があると認められ、過失割合分に相当する金額が、損害賠償額から減額されます(過失相殺。民法722条2項)。
いかがだったでしょうか?
今回は、認知症と交通事故の責任|運転していた場合・被害にあった場合について、解説しました。