交通事故の示談とは何か?なぜ示談が必要で、どんな意味があるのか?
交通事故の示談について知りたいですか?示談とは何か、示談が必要とされる理由、示談が持つ意味、示談書や免責証書の違い、…[続きを読む]
高齢者が、交通事故にあって怪我をしたり、死亡したりした場合、様々な損害賠償金を請求することができます。
特に高齢者が人身事故にあった場合は、持病や加齢による筋骨格系への影響から重症化しやすいと言え、心配になることは確かです。
この記事では、高齢者であることを理由に、もらえる金額が少なくなるなど、何か違いがあるのか、高齢者が人身事故にあった場合の損害賠償の注意点や、慰謝料・休業損害・逸失利益といった賠償額の相場や計算方法について、説明してゆきます。
目次
そもそも、交通事故の被害にあった場合、どのような損害についての賠償が請求できるのでしょうか。損害にはいくつかの項目があり、次のように分けることができます。
それぞれについて、簡単に説明していきます。
積極損害とは、交通事故が原因で実際に出費した金額や負担した債務をいいます。
具体的には、次のようなものがあります。
消極損害とは、交通事故による被害のために、本来得られるはずの利益が得られなくなった場合の損害をいいます。
具体的には、次の3つが挙げられます。
慰謝料とは、経済的な損害とは別に、精神的苦痛を受けたことを損害と評価するものです。
交通事故の慰謝料は、死亡事故以外の場合には、怪我の症状が治癒または固定(これ以上治療をしてもよくならない)するまでの苦痛に対するものと、固定後に後遺障害が残ったことによる苦痛に対するものに分けて考えられています。
前者の怪我に対する慰謝料は、「入通院慰謝料」や「傷害慰謝料」と呼ばれています。後遺障害に対する慰謝料は、「後遺障害慰謝料」と呼ばれることが一般的です。
基本的に、人身事故では、被害者の怪我が治療により治癒若しくは、自賠責保険から後遺障害等級の認定結果を受けた時点で、相手方の任意保険会社と賠償額や支払方法について示談交渉を開始します。
示談交渉で重要なことは、納得のいかない示談書には、絶対にサインしないことです。
しかし、示談で提示された賠償額の多寡を判断するためにも、相場を知っておく必要があります。そこで、次項からは、慰謝料など損害賠償金の金額や相場について解説していきます。
なお、示談交渉については、下記の関連記事を是非参考になさってください。
入通院慰謝料とは、交通事故で負った怪我のために入院や通院を強いられたによって受けた精神的苦痛に対する慰謝料のことをいいます。
入通院慰謝料の金額算定の基準には、自賠責基準、任意保険基準、弁護士基準(裁判基準)と3つの基準がありますが、どれも入院期間や通院期間に応じて定められており、年齢による区別はつけられていません。
入院や通院をしなければならなくなったことによって受ける精神的な苦痛は、被害者の年齢によって変わるものではないからです。
したがって、高齢者だからといって特別に増額されたり減額されたりといったことは通常ありません。
後遺障害慰謝料は、後遺症を負ったことによる精神的苦痛に対して発生する慰謝料です。後遺障害の内容と程度(後遺障害等級)に応じて定められた基準があり、おおむねその基準にそって金額が決められます。
この基準も、年齢によって区別はされません。後遺症の精神的苦痛も、高齢だからといって差異はないからです。
もっとも、高齢者の場合は、加害者側から、交通事故の前からあった疾患(既往症)が症状の発生・拡大に影響していると主張されるケースが多くなります。
例えば、事故で椎間板ヘルニアとなった被害者に対して、もともとあった加齢による骨の変性が寄与したと主張される場合です。
実際に既往症が後遺障害の症状発生・拡大に影響しているならば、公平の見地から、損害賠償額の減額を認めるのが判例です(※1)。これを「素因減額」と呼びます。
ただし、多くの裁判例では、例えば骨の変性が通常の加齢によって生じる範囲のものであれば、それを疾患とは評価せず、素因減額を認めない傾向です。人の身体には個性があり、すべての人が均一同質というわけではないのは当然だからです(※2)。
※1:最高裁平成4年6月25日判決
※2:最高裁平成8年10月29日判決
死亡慰謝料とは、交通事故によって死亡してしまったことによる、死亡した被害者本人とその近親者の精神的苦痛に対する慰謝料をいいます。
死亡慰謝料は、被害者の属性によって、金額の基準が設けられています。
一家の支柱 | 2800万円 |
---|---|
母親・配偶者 | 2500万円 |
その他 | 2000万円~2500万円 |
この基準は、昭和時代の「老夫婦、働き盛りの夫(一家の支柱)、主婦の妻(母親・配偶者)、子供」という家族構成のイメージを前提として、残された遺族の生活保障という観点を加味して作られたものです。
したがって、高齢者は、子供や独身者と共に、「その他 2000万円~2500万円」が適用されることが原則です。
2000万円から2500万円と幅があるのは、人生がこれからだった若者と、ほぼ人生をまっとうした高齢者を同列には置けないからです。このため、もともとこの基準では、高齢者には2000万円という低い金額が予定されていました。
しかし、近時の裁判例の調査では、高齢者であっても、必ずしも2000万円あたりに金額が集中しているわけではなく、多くの裁判例で、2000万円~2600万円程の金額が認められていると報告されています(※)。
したがって、必ずしも高齢者だから死亡慰謝料額が低額とは言えません。
※「裁判例における死亡・後遺障害慰謝料の認定水準」(「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準・2016年版・下巻」97頁)
なお、死亡慰謝料について詳しくは、以下の関連記事をお読みください。
休業損害とは、怪我の症状が固定するまでの治療期間中に、怪我自体やその治療のために休業をしたり、十分に働くことができなかったりしたことによって、得ることができなくなった収入のことをいいます。
休業損害は、一般的に、次の計算式を用いて算定します。
事故前の収入(基礎収入)の日額 × 事故発生日から症状固定日までの休業日数 ― 休業中に賃金等の一部が支払われた場合における支払分
高齢者で無職・年金受給者の場合、唯一の収入である年金収入がなくなるわけではないので、休業損害は発生しません。
しかし、一般に、無職者であっても、求職活動中であった場合のように、就労する能力・意欲とその蓋然性を立証できれば、休業損害が認められる場合があり、これは高齢者であっても同じです。
例えば、パート労働で生計を立てていた高齢者が、次のパート先を探している最中に事故にあった場合を考えれば、高齢者を区別する理由がないことがわかるでしょう。
たとえ高齢者であっても、実際に働いて収入を得ていたのであれば、休業損害が認められます。
また、家事労働にも経済的な価値を認めるのが判例ですので、高齢者であっても、主婦・主夫の場合には、交通事故によって家事労働ができなくなったとして、休業損害が認められる可能性があります。
その場合の基礎収入は、賃金統計(※)による平均賃金額を用いるのが通例です。
※賃金センサス:厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」
後遺障害逸失利益とは、交通事故によって後遺障害が残ったことによって、その後、労働能力が下がることから、将来にわたって得られるはずであった収入を得られなくなった損害をいいます。
次のように計算します。
基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
後遺障害逸失利益を考えるにあたって、高齢者であるという事実は、基礎収入の判断や労働能力喪失期間において、問題になり得ます。
休業損害の場合と同じ問題です。
高齢者でも現実に働いて収入を得ていたときは、それが基礎収入となります。
高齢者で無職・年金受給者の場合でも、家事従事者であることや、就労の意欲・能力と蓋然性を立証することができれば、統計上の平均賃金を用いて基礎収入が算定されます。
後遺障害が原因で労働能力の一部が失われる期間は、原則として、症状が固定した時から就労可能な終期とされる67歳までと考えられています(むち打ち症など、一部の例外はあります)。
そして、症状固定時に67歳に達していない高齢者については、「67歳までの年数」と「平均余命の2分の1」(※)の、いずれか長い方を採用するのが原則になっています。
※症状固定時の年度の簡易生命表による平均余命
症状固定時に、すでに67歳を超えている高齢者は、上の「平均余命の2分の1」をもって労働能力喪失期間とします。
例えば、2017(平成29)年に68歳男性で症状固定の場合、平均余命は17.23年なので、その半分の8.615年が労働能力喪失期間です。
もっとも、具体的な職業の内容や健康状態等も考慮して判断されますので、必ずしもこの原則どおりになるとは限りません。
死亡逸失利益とは、死亡したことによって、被害者が一生にわたって、本来得られるはずであった収入を得られなくなった損害です。
次のような計算式を用いるのが一般的です。
基礎収入 × (1-生活費控除率)× 就労可能年数に対応するライプニッツ係数
高齢者の場合に基礎収入や就労可能年数が問題となるのは、後遺障害逸失利益と同様です。
生活費控除率の基準は次のとおりです。
一家の支柱 | 被扶養者が1名の場合 | 40% |
---|---|---|
被扶養者が2名の場合 | 30% | |
女性 | 30% | |
男性 | 50% |
高齢者では、多くの場合、女性30%または男性50%が適用されると思われます。
高齢者の死亡逸失利益でもっとも問題となるのは、年金収入です。
生きていれば年金を受け取り続けることができたのですから、当然に、年金も基礎収入として逸失利益が認められそうです。
しかし、裁判例では、およそ年金であれば、そのすべてを逸失利益とするのでなく、個々の年金制度の性格を検討して、逸失利益と認めるか否かを決しています。
ほとんどの年金は、年金受給権者の生活のみならず、家族の生活維持の機能もあることなどを理由として、逸失利益と認められています。
裁判例において、逸失利益と認められた年金の例
ただし、その年金の性格から、逸失利益が認められない例外もあります。
例えば、遺族年金は、社会保障的な性格が強く、あくまでも受給権者が生きている間に、その者の生活を安定させるために支給されるものである等として、逸失利益を否定されています(※)。
裁判例において、逸失利益と認められなかった年金
年金が逸失利益と認められる場合は、平均余命までの年数分の金額が対象となります(つまり、平均余命までの年数に対応したライプニッツ係数を使うことになります)。
注意するべきは、年金の逸失利益については、生活費控除率は通常よりも高く50%から70%に設定する裁判例が多いことです(※)。
※「改訂版交通事故実務マニュアル」(東京弁護士会法友全期会・交通事故実務研究会編集、ぎょうせい)137頁
これは、年金収入は大部分が生活維持のために支出されるものという認識があるからです。
高齢者の場合には、相手方から、素因減額の主張がなされることが多くありますが、前述のとおり、身体の変性が、通常の加齢の範囲内であれば減額されません。
したがって、高齢者だというだけで素因減額されることは通常ありませんので、相手方保険会社などから素因減額を主張されたときには注意が必要です。その主張が正しいものなのか、一度弁護士に相談してみた方がよいでしょう。
高齢者の場合、加齢等によって、交通事故の前から身体に障害のあることも少なくありません。
もともと身体に障害のある高齢者が、交通事故の被害を受け、もともと障害のあった身体の同一部位に、さらに交通事故を原因とした新たな後遺障害が残ってしまったという場合、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益の算定において、この新たな後遺障害をどのように評価するべきか問題があります。
このようなケースにおける自賠責保険、示談、訴訟での取扱いについては下記記事をご覧ください。
過失割合とは、当事者の責任の割合を比率で表したもので、被害者にも落ち度がある場合、公平の観点から、この過失割合に応じて、損害賠償金額が減額されることになります。
この過失割合は、「別冊判例タイムズ38・民事交通訴訟における過失相殺等の認定基準・全訂5判」(東京地裁民事交通訴訟研究会編・判例タイムズ社)という書籍を参考に判断されることが一般的です。この中では、交通事故の態様ごとに、基本となる過失割合や基本の割合を修正すべき要素が示されています。
そして、被害者である歩行者や自転車運転者が高齢者(おおむね65歳以上)であることは、被害者の過失割合を5~10ポイント減算する修正要素(逆に言うと、車両運転者などの加害者の過失割合を5~10ポイント加算する修正要素)として示されています。高齢者は、若い人よりも危機回避能力が低く、保護する必要性が高いことなどが理由です。
以上、交通事故の被害者が高齢者であった場合の慰謝料や逸失利益の考え方、ポイントについて解説してきました。
これまで説明したとおり、高齢者に対する損害賠償の基準は、後遺障害慰謝料のように、他の年齢層と変わらない部分もあれば、死亡慰謝料のように、高齢者故に別の基準とされる部分もあり、賠償金の項目ごとに検討する必要があります。
そのような基準の適用方法や高齢者の賠償に特有の問題は、この記事に書かれたものが全てではありません。
高齢者の方が、交通事故被害に遭ったときには、交通事故に強い弁護士に相談されることをお勧めします。交通事故に強い弁護士であれば、相手方の保険会社との交渉から、被害者本人への提示額より高額な示談金を引き出して解決してくれる可能性が高まります。
なお、ご自分の損害賠償額が気になる方は、次の「交通事故慰謝料の自動計算機」を是非お試しください。