保険会社が治療費打ち切りを一方的に通達してくる理由と対処法
この記事では、保険会社が治療費打ち切りを打診してくるケースや、その理由、被害者がとるべき対処法を紹介します。打ち切り…[続きを読む]
交通事故による怪我の治療にも、健康保険は使用することができます。「使えるなら、使った方が良いのでは?」と思いがちです。
しかし、交通事故で健康保険を使うことはメリット、デメリットの両面があり、使うべきではないケース、使うべきケースがあるのです。
交通事故で健康保険を利用するとはどういうことか理解したうえで、使用するべきか否かを判断する必要があります。
今回は、交通事故の怪我の治療に健康保険を使用すべきか否か、使用すべきケースとはどのような場合なのかについて解説します。
目次
病院での治療は「保険診療」と「自由診療」に分かれます。健康保険の適用対象となるのが「保険診療」、適用対象とならないのが「自由診療」です。
加害者が任意保険に加入している通常の場合(※)、交通事故によるケガの治療には、原則として健康保険を適用した「保険診療」を利用すべきではありません。
※任意保険の普及率は74.6%(2018年3月末時点)損害保険料率算出機構 「自動車保険の概況(2018年度版)」 114頁より
「保険診療」と「自由診療」のメリット・デメリットを考えれば、その理由は自ずと明らかになります。
自由診療 | 保険診療 | |
---|---|---|
メリット | 治療内容や薬に制約がなく、未認可の新しい治療や新薬を利用できる | 費用の心配をせず平等に医療を受けられるよう、比較的低額な診療報酬が決められている |
治療にかける回数や時間を増やして、より丁寧な治療を行うなど、患者に応じた治療が可能 | 7割は健康保険が負担し、患者の自己負担は3割だけで、費用の負担を軽減することができる | |
デメリット | 治療費は保険診療よりも高額 | 厚労省が認めた治療内容にのみ保険が適用され、その検査方法、治療方法、薬など予め決められている |
全額が患者の自己負担で、患者負担が大きい | 認可されていない先進的な医療、新薬などは利用できない | |
治療に費やす時間と労力にかかわらず診療報酬は同額なので、ひとりひとりの患者に応じたきめ細かな診療を行うには限界がある |
まず、自由診療ならば、健康保険の枠にとらわれず、最大限の治療を受けることができます。
自由診療のメリットは、治療内容や薬に制約がなく、未認可の新しい治療や新薬を利用でき、治療にかける回数や時間を増やして、より丁寧な治療を行うなど、患者に応じた治療が可能です。
治療内容が制約される保険診療を自ら選ぶ必要はありません。
反面、自由診療では、医療費は健康保険を使った保険診療よりも高額で、全額患者負担となるので被害者の経済的負担が大きくなってしまいます。
しかし、加害者が任意保険に加入していれば、たとえ自由診療の医療費が高額となり自賠責保険の限度額を超えても、任意保険会社が負担してくれます。
被害者は費用の不安なく、制約のない十分な治療が可能なのですから、原則として健康保険を利用する意味がありません。
健康保険を利用する保険診療にすると、厚労省が認めた治療内容にのみ保険が適用され、その検査方法、治療方法、薬などが予め決められており、認可されていない先進的な医療、新薬などは利用できないので、最大限の治療を受けるという被害者にとって一番重要な利益を失ってしまいます。
例えば日本医師会は、この点を次の通り指摘しています(※1)。
交通事故診療を担う医療の現場では、不幸にも事故の被害に遭ってしまった患者に対して、できる限り早期に、かつ、事故に遭う前と変わらない状態で社会復帰させることが求められている。そのため、医療機関に搬送直後から患者の全身状態を素早く確認するとともに、あらゆる可能性を考慮しながら、早期に集中的な治療を行う必要があるのである。
こうした患者の治療に対し、法律、療担規則(※2)などの縛りの多い、いわゆる制限診療につながる現行の健康保険を適用するということは、結果的に十分な治療を提供できず、被害者の不利益につながる可能性があるという問題がある。
※1「労災・自賠責委員会答申 諮問:地域医療再生における労災保険、自賠責保険の役割」19頁(平成24(2012)年2月、日本医師会労災・自賠責委員会)より
※2 療担規則:正式名称を「保険医療機関及び保険医療養担当規則」といい、健康保険法等に基づいて定められた政令で、保険診療を行う医療機関と医師の遵守ルールを定めたもの
しかし、実際に、加害者が任意保険に加入しているのに、その任意保険会社が被害者に対し、健康保険の利用を執拗に要求するケースが数多く報告されています。
それはなぜなのでしょうか?
任意保険会社が、被害者に健康保険の使用を勧める理由は、安い治療費で自賠責保険の限度額内に収めさせ、任意保険会社が支払いを免れるためです。
このような要求には、次の通り大きな問題があります。
参考サイト外部サイト:「自賠責診療のこれからについて」(平成28(2016)年2月、日本医師会労災・自賠責委員会答申)32頁
以上のことから、原則は交通事故で健康保険を利用すべきではありません。しかし、もちろんこれにも例外があります。
そこで、次項から健康保険の利用を検討するべき例外的なケースを説明します。
交通事故で健康保険を使用すべきは下記の4つのケースです。
それぞれに関して、解説致します。
加害者が任意保険に加入している場合、任意保険会社は、通常、自賠責保険の負担部分も含めた治療費を直接に医療機関に支払ってくれます。
これが「一括払い」という保険会社の事実上のサービスです。
ところが、治療費が自賠責保険の限度額を超えそうになったり、治療期間が長引くと、任意保険会社は自社の支出を抑えるため、「一括払い」打ち切りを通告し、治療の終了を促します。
サービスをやめるのは保険会社の自由ですが、治療を継続するか否かは、医師と被害者が決めることです。被害者はいったん自分で費用を支払って治療を継続し、後に自賠責保険及び任意保険会社に請求することができます。
ただ、一括払いの治療は自由診療が通常ですので、一時的でも経済的負担に耐えることが困難ならば、保険診療に切り替えて負担を軽くするべきでしょう。
被害者にも落ち度が認められる場合、過失相殺として損害賠償額の一定割合が減額されてしまいます。
もちろん受け取れることができる治療費も減額されるので、過失割合が大きいほど、治療費の自己負担額が増えてしまいます。
そこで、過失割合が大きくなると予想される場合には保険診療の利用を検討するべきです。
これには2つの効果があります。
第2の効果については少々説明が必要なので、例を挙げましょう。
事例2.:被害者の過失割合が2割
治療費:100万円
治療費の内訳:患者自己負担30万円、健康保険負担70万円
このケースで損害賠償として請求できる治療費は幾らでしょうか?
健康保険負担70万円は過失相殺の対象とならないので、過失相殺前に治療費100万円から差し引き、残額の30万円だけが過失相殺の対象となり、被害者の過失割合を乗じると損害賠償として請求できる治療費の額は、24万円となります。
一方でもしも、健康保険の負担も過失相殺の対象となるとしたら、どうでしょう?
治療費100万円のうち、20%すなわち20万円が過失相殺で減額されてから保険負担部分の70万円を差し引くことになります。そうなると請求できる治療費は、10万円となってしまいます。
被害者が請求できる治療費の額
健康保険の負担が過失相殺の対象外 | 健康保険の負担が過失相殺の対象 |
---|---|
30万円 ×(100% - 20% )= 24万円 | 100万円 ー 20万円 ー 70万円 =10万円 |
このように健康保険を使用することで、過失相殺される金額も少なくできることになります。
以上の健康保険負担部分を過失相殺の対象から外す考え方(控除後相殺説、相殺前控除説、先相殺説ともいいます)は、多くの裁判例で採用されています(東京地裁平成28年5月20日等)。
実は、健康保険ではなく労災保険の給付があった場合については、逆に、労災保険給付の金額も過失相殺の対象とするのが最高裁の判例です(※1)。
この点、健康保険に関しては未だ最高裁判決がなく、仮に判決が出されると労災保険と同じ扱いとなる可能性もあります。
しかし、健康保険は「法律実務家の中では、健康保険は一応A説(過失相殺の対象としない考え方)だという暗黙の了解がありますから、今の段階ではあまり先を心配しなくてもいい」と弁護士向けの研修講義でも説明されています(※2)。
※1 最高裁平成元年4月11日判決
※2「弁護士専門研修講座・民事交通事故訴訟の実務-保険実務と損害額の算定-」東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編235頁
自賠責保険は加害者が加入している保険から被害者が賠償を受け取る制度ですから、ひき逃げ等で加害者不明の場合は自賠責保険を利用できません。
この点では、加害者が自賠責保険に未加入の場合と同様に、政府保障事業を利用する前提として、必ず健康保険を利用しておくべきケースです。
加害者が任意保険に加入していない場合は、賠償額が自賠責保険の限度額(傷害は総額120万円が上限)を超えた部分は、加害者本人に請求することになります。
しかし、任意保険に未加入の加害者に支払能力はないことが通常で、超過部分は被害者の自己負担となる危険性が高いのです。
そこで、健康保険を使って治療費を安くし、賠償額を自賠責保険の限度額内に収めたり、限度額を超えても被害者の負担額を少なくしたりすることを検討するべきです。これはやむを得ない防衛策です。
健康保険が負担した治療費は、健康保険組合等から自賠責保険に対して求償権が発生し、一種の立替金として支払請求することができます(被害者に代わる請求なので代位請求と言います)。
せっかく健康保険で治療費を安く抑えても、健康保険側も自賠責保険に代位請求するなら、結局、限度額を超えてしまい、被害者が自己負担することになってしまうように思われます。
次の事例を使って考えてみましょう。
事例1.:交通事故の怪我の治療費が200万円
被害者の自己負担額:60万円
健康保険の負担額:140万円
傷害の自賠責保険限度額:120万円
被害者は、自賠責保険に対して被害者請求を行ない治療費などの賠償金を直接受け取ることができます。
被害者が治療費60万円を被害者請求したところ、健康保険組合も自賠責に140万円代位請求していた場合、自賠責保険の限度額120万円を超えてしまいます。
では、被害者は60万円全額の支払いを受けることができないのでしょうか。
かつて、このケースでは、被害者請求の60万円と保険組合の140万円という各金額に按分させ、被害者は120万円の3割である36万円、保険組合は120万円の7割である84万円しか受け取れないという扱いでした。
しかし、最高裁は一連の判例で、被害者請求と保険組合の代位請求が競合した場合は、自賠責保険の被害者保護の趣旨などから、被害者請求を優先して認めるとしました(※)。
※老人保健法に関する最高裁平成20年2月19日判決
※労災保険法に関する最高裁平30年9月27日判決
※参考文献:「損害賠償額算定基準」平成21年版下巻107頁、同平成31年版下巻199頁
したがって、被害者は健康保険側の代位請求を気にせず、安心して健康保険を利用できます。
なお自賠責保険は、この判例にしたがい、健康保険組合から代位請求を受けたときには、被害者が被害者請求しないことを確認してから支払う扱いとしています。
例えば傷害の場合、自賠責保険の限度額120万円は、治療費だけでなく休業損害や慰謝料などの全損害項目を含むものなので、治療費が高くなれば、休業損害や慰謝料など他の損害賠償が受けられなくなる可能性が生じます。
そこで、治療費を安くし、余った限度枠を他の損害賠償金として受け取る目的で、健康保険を利用するケースもあります。
たしかに被害者の事情により、現金での賠償金が必要であれば、やむを得ない選択と言えます。
ただし、それは現金のために治療・健康を犠牲にしている面があることを十分認識して選択するべきでしょう。
加害者が任意保険だけでなく、自賠責保険にすら加入していない場合は、賠償額の全額を加害者本人に請求することになりますが、やはり加害者に支払能力がないことが通常です。
この場合は、国の「政府保障事業」による補償を受けることができますが、健康保険からの給付を受けることができる場合は、健康保険からの給付額は差し引かれます。つまり被害者が健康保険を利用しているいないに関わらず、補償額から治療費の7割は差し引かれてしまうので、必ず健康保険を利用するべき場合なのです。
参考外部サイト:「政府の保障事業のご案内」損害保険料算出機構
健康保険を使用すべき例外を見てきましたが、健康保険はどのように使用すればいいのでしょうか?
交通事故の怪我の治療に健康保険を使用するには、健康保険を使いたいという意志を病院に明確に伝え、健康保険に「第三者行為による傷病届」という書類を提出します。
手続きについて詳しくは、以下の関連記事をご覧ください。
交通事故に健康保険を使うことができることと、被害に遭われたあなたやご家族が使うべきケースかどうかは別の問題です。
ここで説明した通り、様々な場面がありますので、判断に先だって弁護士に相談されることをお勧めします。