運行供用者責任の免責要件をわかりやすく解説|自賠法3条の規定について
運行供用者に損害賠償を請求できなくなる、運行供用者責任の免責事由、判例、また民法第709条の過失責任の原則との関係な…[続きを読む]
「無過失責任」とか「結果責任」という言葉を耳にされたことがあると思います。
これは「過失がなくとも責任を問える」という意味であり、交通事故の損害賠償問題に関しても「無過失責任」が語られることがあります。
しかし、本当に過失がない者に、交通事故の賠償責任を追及できるのでしょうか?
ここでは、交通事故における「無過失責任」とは本当は何かを理解していただくために、損害賠償制度の根本原則である過失責任の原則から始まって、交通事故の損害賠償を追及するための各制度が無過失責任を採用しているか否か、その内容についてわかりやすく説明します。
目次
過失責任の原則とは、他人に損害を与えても、それが加害者の故意・過失によるものでなければ、損害賠償の責任を問われないという法律上の原則です。過失責任主義とも言います。
過失責任原則の目的は、人々に行動の自由を保障するということです。共同社会では、何らかの行為で他人に損害を生ぜしめてしまう場合があります。
車の運転で考えてみてください。何トンもの鉄のかたまりが時速数十キロ、数百キロという高速で移動しているのです。事故によって他人に損害を与える危険性は常に存在します。
損害が発生した以上、無条件に責任を負って賠償しなければならないとすれば、人々は車の運転はしないでしょう。運転に限らず、責任を恐れて人々が活動をためらう社会の発展はあり得ません。
そこで、たとえ他者に損害を与えたとしても、それが故意・過失に基づかない限りは責任を負わないとして、自由な活動を保障するのが過失責任原則です。
交通事故の損害賠償で中心となるのは、過失による交通事故です。
「過失」とは、伝統的には、結果の発生が予見可能だったのに、精神の緊張を欠いて予見しなかったという「内心の不注意」状態であるとされてきました。
しかし、高速交通機関や大規模工業等が発達した今日では、他人に損害を与える危険性のある行為は無数に存在しますから、結果発生の予見可能性だけを重視すると、結果が発生すれば過失が認められてしまうことになりかねません。
そこで、今日では、結果発生の予見可能性があっても、法律が共同社会のルールとして設定した「他者に損害を与えることを回避する行動をとる義務」に違反しない限りは過失とはならないと理解されています。過失とは「結果回避義務違反行為」なのです。
例えば簡単に言うと、赤信号を見落として、横断歩道を渡っている歩行者をはねてしまったケースでは、運転者は事故の結果を回避するために「信号を注視して、赤信号では停止する義務」があるにも関わらず、「その確認を怠り、漫然と車を進行させた注意義務違反行為が過失行為だ」という表現の仕方をします。
さて、過失責任主義によって、過失がある加害者にのみ賠償責任を負担させるとして、その過失の有無は誰が立証する必要があるのでしょう。
ここで皆さんに「立証責任」という概念について理解してもらう必要があります。
「立証責任」とは、「ある事実の存否が不明な時に不利益を被る立場」と表現されます。
もっともわかりやすいのは借金の返済についてです。
貸主が返済を請求したときに、借主が「もう返済した」と反論したとします。
この場合、返済という事実の取扱いについて、次の2つの考え方があります。
①では、「返してもらっていない事実」の存否が不明なときは、貸主が不利益を被ります。
逆に②では、「返済した事実」の存否が不明なときは、借主が不利益を被ります。
そこで、借金の返済という事実について、①は貸主に立証責任を負わせ、②は借主に立証責任を負わせていることになります。
実際には、民法は②の考え方を採用しており、借主に「返済した事実」を立証する責任が課せられています。その代わりに、借主は返済と引き換えに、貸主に領収書の交付を求める権利が認められています(民法第486条)。
損害賠償の要件である「過失」の立証責任は、賠償を求める被害者に課せられています。
被害者が、加害者の具体的な過失を主張し、証拠をもって立証する責任があり、それができないときは、たとえ損害の発生が事実であっても、加害者は責任を負わないのです。
このように、損害賠償においては、次の(ア)及び(イ)の2点が大原則なのです。
さて、このように民法は過失責任の原則を採用していますが、事案によっては、加害者の過失を被害者が立証することは容易ではなく、被害者側には大きな負担となる場合があります。
現代社会では他者に損害を与える危険のある行為は枚挙にいとまがなく、民法の大原則を厳格に貫くと、適切に被害者を救済できない場面も生じてしまいます。
そこで、一定の分野では、たとえ加害者が無過失でも損害賠償を負わせるべきと判断されます。これが「無過失責任」です。
ただし、無過失責任は、私たちの自由な行動を大幅に制約する危険のある「劇薬」でもあり、過失責任の原則の重大な例外ですから、特に法律の定めを必要とすると理解されており、次のような規定があります。
また過失責任と無過失責任の間に「中間責任」という概念があります。
無過失責任は行動の自由を制約し過ぎますが、反面、被害者に過失の立証責任を負わせると被害者保護に欠ける場合があります。
そこで、その間をとって、過失責任の原則は維持しつつも、被害者に過失の立証責任を負わせるのではなく、逆に加害者に「無過失の立証責任」を負わせることで、バランスをとる考え方です。中間の立場をとるという意味で、中間責任と呼ばれます。
今日では、交通事故分野をはじめとして、多くの分野で、この中間責任という法制度が採用されています。
もっとも、ほとんどの場合、加害者が負わされた立証責任は非常に厳しく、実際上は、その立証は困難で、責任を免れないことから、法律的には中間責任であっても、「事実上の無過失責任」と呼ばれているのです。
以上で、損害賠償制度における「過失責任原則」、「無過失責任」、「中間責任」、「事実上の無過失責任」という各概念を理解していただけたと思います。
そこで、以下は、交通事故の損害賠償問題に関係する各制度が、過失についてどのような態度を採用しているかを個別に説明します。
交通事故の損害賠償において、中心的な役割を果たしているのが、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」)第3条の「運行供用者責任」です。
この制度は、車の運行という危険性の高い行為を管理・支配し、利益を得る立場にある者は、その危険が現実化した場合の責任と負うべきだという理念(危険責任、報償責任)に基づきます。
ここから、「運行供用者」とは、実際にその車両を運転していた加害者に限らず、車両の所有者など、その車両の運行を管理・支配し、運行による利益を得る立場の者を広く含むと理解されています(これを運行支配と運行利益といいます)。
交通事故の被害者は、人身損害(ケガや死亡による損害)である限り、運行供用者に対して、その過失を立証することなく、損害賠償を求めることができます。
これに対し、運行供用者が責任を免れるためには、次の3つの免責要件を全て立証しなくてはならないと言われています。
このように、加害者側に立証責任を課してることから、運行供用者責任も中間責任のひとつです。
また、実際上、3つの免責要件の全てを立証ことは困難なため、運行供用者責任は「事実上の無過失責任」と言われているのです。
運行供用者責任の免責要件については、次の記事で詳細に解説しています。
たとえば、会社員が業務で運転中に事故を起こした場合、被害者は会社員の勤務先企業に対し、使用者責任(民法第715条)を根拠に、損害賠償を請求することができます。
これは使用者が被用者の行為によって利益をあげる以上、被用者の行為による損害も帰属させるべきだという報償責任の理念に基づく制度です。
この場合、運転している会社員に過失があることが条件ですが、被害者は使用者(企業)の過失を主張・立証する必要はありません。
ただし、使用者は、①会社員(被用者)の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたことを立証したとき、または、②相当の注意をしても損害が生じたことを立証したときは免責されます。したがって、使用者責任も中間責任です(ただ、この点については法理論的には違う説明をする学説もありますが、一般の方が気にする必要はありません)。
また、実際上、訴訟において、使用者の免責が認められることはほとんどないので、使用者責任も「事実上の無過失責任」と評されています。
なお、運行供用者責任と使用者責任の違いについて一言説明しておきます。
既にみたように運行供用者責任では、被害者は運行供用者の過失を主張・立証する必要はありません。運行供用者と運転者(加害者)が別人の場合も、運転者(加害者)の過失を主張・立証しなくとも運行供用者責任を問うことができます。
他方、使用者責任は、その前提として、運転者(加害者)である被用者に過失があることを被害者が主張・立証しなくてはなりません。
それは使用者責任が、被用者の負担する損害賠償義務を肩代わりする制度であると理解されているためです(これを「代位責任」と呼びます)。
被害者は、使用者に過失があることを主張・立証する必要はありませんが、被用者の過失を立証し、被用者に損害賠償義務があることが認められなければ、使用者の肩代わり責任を求めることはできないのです。
たとえば、11歳程度の未成年者が自転車の運転などで交通事故の加害者となった場合は、未成年者本人は責任能力がないとして賠償義務を負わない場合があります(民法第712条)。
その場合、被害者は、親権者など未成年者を監督する義務のある者に対して、その過失を主張・立証することなく、損害の賠償を請求することができます(民法第714条)。
ただし、監督義務者は、①監督義務を怠らなかったこと、または②監督義務を怠らなくても損害が生じたことを立証すれば免責されます。したがって、監督義務者責任も中間責任です。
この監督義務責任も、従来はほとんど免責が認められなかったため、事実上の無過失責任に近いといわれてきましたが、近年は、監督義務の内容が限定的に捉えられ、免責が認められる傾向にあります(※)。
たとえば、車両にもともとあった構造上の欠陥から事故が生じたときは、被害者は自動車メーカーに対して製造物責任に基づき損害賠償を請求できます。
この場合、被害者は、自動車メーカーの過失を主張・立証する必要はありません。
製造物責任は「無過失責任を定めたもの」とされています(製造物責任法第3条)。
交通事故で問題となる運行供用者責任、使用者責任、監督義務者責任は、厳密には無過失責任ではなく、免責されてしまう余地があることをわかりやすく解説して参りました。
たとえば運行供用者が免責されてしまえば、被害者は自賠責保険からの賠償すら受けとることはできません。
そのような事態を避けるため、交通事故を得意とする弁護士に相談されることをお勧めします。