交通事故の加害者と被害者、その定義と区別とは?
交通事故の話題には、必ず被害者と加害者が登場します。では、どちらが交通事故の被害者と加害者になるのでしょうか、どのように、加害者と被害者を区別するのでしょうか?
一般には、その交通事故における過失割合が大きい者を加害者、過失割合が小さい者を被害者と呼んでいることが多いです。
日常の用語の使い方では、それで不都合はありませんし、必ずしも間違いではありません。
しかし、被害者と加害者という言葉を「法律用語として用いる場合」は、違ってきます。
交通事故においては、法律問題を避けることはできませんので、この記事では、被害者と加害者について、正確な区別の仕方、正確な用語の使い方、その違いを知っておきましょう。
目次
民事責任における被害者と加害者の定義
被害者と加害者は損害賠償請求権を基準に区別する
交通事故において、まず法律上の問題となるのは、民事上(民法上)の損害賠償責任です。ここでは、被害者と加害者は、次の基準で区別します。
- 事故によって損害を受け、相手に損害賠償を請求する権利を有する者が被害者
- その損害賠償請求を受ける者が加害者
例えば、Aが横断歩道を青信号で歩いていたところ、信号を見落としたB運転の車がAを跳ねてしまったときは、Aは損害賠償をBに対して請求できるので、Aが被害者、Bが加害者です。
双方が損害賠償請求権を持つときは双方が「被害者」かつ「加害者」
例えば、A運転の車とB運転の車が信号のない交差点で出会い頭に衝突し、AもBもケガをして、二人ともケガの治療費10万円の損害を受けたという場合はどうでしょう(物損はないものとします)。
この場合、仮にAの車がBの左側方向から交差点に進行した車であれば、左方車両優先の原則(道路交通法36条1項1号)が適用されるので、過失割合はAが40%、Bが60%です(※1)。
そうすると、AもBも互いに過失があり、互いにケガをしているので、二人とも相手に治療費の損害賠償請求権を有しています。AのBに対する損害賠償請求権との関係では、Aが被害者、Bが加害者です。逆に、BのAに対する損害賠償請求権との関係では、Bが被害者、Aが加害者です。双方ともに被害者であり加害者なのです。
※1交差する道路が同じ道路幅で、AB双方が同じ速度、同じく徐行義務(同録通報42条1項)に違反した場合を前提とした過失割合です(「別冊判例タイムズ第16号・民事交通訴訟における過失相殺率の認定・基準全訂4版」東京地裁民事交通訴訟研究会編、122ページから )
過失割合は、被害者と加害者を区別する基準にはならない
過失割合は、損害賠償を請求する金額のうち、自分持ち(自己負担)となる割合を示す意味しかありません。
上のABの過失割合が4:6のケースでは、AのBに対する治療費10万円の損害賠償請求権のうち4万円は「被害者A」の自己負担です。
逆に、BのAに対する治療費10万円の損害賠償請求権のうち6万円は「被害者B」の自己負担です。
実際の金銭処理は、BがAに対して2万円を支払うだけですが、決してBだけが賠償しているのではなく、AとBが互いに賠償したうえで金額を相殺しているのです。
このように、Bの過失割合が大きいからといって、Bのみが加害者となり、Aのみが被害者となるわけではないので、過失割合の大きさが被害者と加害者を分ける基準となるというのは法的な用語としては間違いです。
過失割合が高い加害者だから賠償請求できない?
したがって「あなたは過失の割合が高い加害者だから損害賠償の請求はできません」という表現は、法的には全くの嘘ということです。
過失の割合が高いから加害者となるという関係はありませんし、加害者だから損害賠償の請求ができないという関係もありません。
加害者であるということは、損害賠償請求を受ける立場にあることを意味するだけで、自分から相手に損害賠償請求ができなくなるわけではありません。
また、過失の割合が高いということは、自分が受けた損害のうち自己負担となる割合が高いことを意味するに過ぎず、損害賠償を請求権利が否定されるわけではありません。
仮に示談交渉において相手方やその保険会社から、このような虚偽の説明をされても決して信用してはいけません。
一方しか過失がないケース
では、この事故のケースで現場の交差点に信号機があり、Aが青信号で通過しようとしたところ、Bが赤信号を無視して交差点に突っ込んできた場合はどうなるでしょうか。
この場合はAが通常の速度で通常の前方に対する注意を払っている限り、AとBの過失割合は、0対100です(前出別冊判例タイムズ16号115頁)。AもBもケガをして治療費の損害を被ったといっても、BはAに対して損害賠償請求権を行使できません。AのBに対する損害賠償請求権だけが残ります。したがって、この場合は、Aを被害者、Bを加害者と呼んでもよいでしょう。
このように、ある損害賠償請求権の存在を前提として、その権利を行使する者を被害者、行使される側を加害者と称することが民法の態度です。
自賠責保険の「被害者」の定義とは
自賠責保険における被害者と加害者の区別も基本は民法と同じ
自賠責保険は、人身事故(ケガ、死亡)にあたって、救済のために最低限の損害の補償を行う強制保険制度です。加害者が民事上の損害賠償責任を負担するケースのうち、一定の要件を満たすケースについて、一定額の限度で自賠責保険が賠償を負担してくれます。これを定めているのが、自動車損害賠償保障法(自賠法)です。
自賠責保険でも、損害賠償請求権を行使する者を被害者、請求される者を加害者と考えておけば良いです。
ただ、上のような制度の特殊性から、自賠法にいう被害者と加害者の区別は、先に説明した民法における区別と少し異なることになります。
自賠責保険における被害者はどっち?
自賠責保険でも損害賠償請求できる者が被害者
自賠責保険でも、損害賠償請求権を行使できる者を被害者と呼びます。
例えば、死亡事故の場合、被害者請求(自賠法16条)で請求できる賠償金の中には、死亡した本人に対する慰謝料とは別に遺族の慰謝料も認められています。これは、自賠責保険でも、事故の当事者だけではなく、損害賠償請求をできるものを「被害者」と捉えているからです。
また自賠責保険では、ケガをした者、死亡した者の過失割合が70%以内であれば賠償金が支払われます。さらに過失割合が70%以上でも100%未満である限り減額した賠償金が支払われます(※2)。ここから自賠責保険においても、過失割合の高低が被害者か否かを分けているわけではないことが明らかです。
したがって、双方が人身被害を受けていれば、双方がそれぞれ自賠責保険に賠償金の請求が可能となるのです。
※2「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準・平成13年金融庁国土交通省告示第1号・『第6減額』」
自賠責保険の被害者は、人身事故の損害賠償を請求する者に限られる
ただし、自賠責保険の被害者は、ケガ、死亡による損賠賠償請求を行使する者に限られます。
自賠責保険は、人身事故の被害を救済するための強制保険制度です。その保険の対象となるのは、人身損害、すなわちケガと死亡だからです。
したがって自賠責保険においては、自分に過失がなくてもケガを負ったり、死亡していなければ被害者ではありません。
逆に、ケガを負った者や死亡した者でも、その過失が100%であるときは自賠責保険においても損害賠償請求はできませんから、法的には被害者ではありません。
自賠責保険における加害者はどっち?
自賠責保険でも、被害者に損害賠償責任を負う者が加害者と考えれば足ります。
例えば、自賠責保険では、被害者に損害賠償金を支払った者が、その賠償金の損失を自賠責保険に保険金請求することができます(自賠法15条)。
これを一般に「加害者請求」と呼び、前述の「被害者請求」(自賠法16条)と対比されます。
ですから、自賠責においても、人損について損害賠償請求を行使される者が加害者であり、加害者が被害者に賠償を支払えば自賠責保険に請求できる(加害者請求)、加害者からの支払いを待たずに被害者も自ら自賠責保険に請求できる(被害者請求)とおぼえておけば問題ありません(※3)。
※3 ただ自賠責保険に請求できるのは、自賠責保険契約における被保険者が賠償した場合と定められていますので(自賠法15条、同11条)、厳密には、被害者に損害賠償を支払った加害者のうち、自賠責保険における被保険者だけが行使できるのが加害者請求ということになります。
警察が交通事故の被害者と加害者を決めるわけではない
一部の方に誤解があるようですが、被害者と加害者の区別を決めているのは警察ではありません。
交通事故証明書は、事故報告が人身事故として警察に受理された後に、交通事故センターから発行されますが、どちらが被害者でどちらが加害者かということを記載する欄はありません。
そればかりか定形書式として「この証明は損害の種別とその程度、事故の原因、過失の有無とその程度を明らかにするものではありません」とわざわざ断り書きが書かれています。
警察が刑事事件としての捜査のために作成する実況見分調書や供述調書は、刑事処分だけでなく、民事事件の証拠資料としても利用できますが、警察が民事事件のために過失割合を調査、決定することはありません。
また刑事責任における過失の有無を判断し、起訴するかどうかを決めるのは検察官の権限であって、警察にはそのような権限はありません。
刑事責任における被害者と加害者の定義
刑事責任における被害者と加害者の区別の考え方も基本的には民法と同じです。損害賠償責任の問題ではありませんが、法益の侵害を受けた者が被害者、法益を侵害した者が加害者です(※4)。
※4 刑事責任の場合、民事上の「権利」、「利益」に相応するものを法益といいます。人身交通事故の場合、人の身体、生命という法益が害されたことになります。
例えば、過失運転致死傷罪では「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させたものは7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する」(※5)と規定しており、人を死傷させたものが加害者であって、死傷の結果を生じた者が被害者であることは明らかです。
※5 「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」第5条
そして刑事責任の場面においても、双方に傷害の結果が生じている事故では、刑事上も、双方が被害者であり、かつ加害者であるという事態があります。事案によりますが、双方ともに罰金などの刑事処分を受けるケースもあります。
まとめ
交通事故の被害者と加害者の区別、違い、定義について説明をしました。
一般的な用語として使う限り、自分が被害者であるか加害者であるかは当事者にとって重大な問題です。
しかし、民事上の損害賠償責任に限って言えば、自分の過失割合が小さい場合であっても、相手に何らかの損害が生じていれば、その損害賠償請求との関係では自分も加害者と評価されることになります。
言葉にとらわれるのではなく、自分がどのような法律的な立場にあるのかということを理解することが重要です。
そのためには法律の専門家である弁護士に相談して、正確な知識を得ることがおすすめです。