飲酒運転事故の被害者が知っておくべき基礎知識

飲酒運転による事故で被害者となった方に知っておいていただきたい基本的な知識をまとめました。
この記事では、次の内容を解説しています。
- 飲酒運転事故の被害者が賠償請求できる相手は誰か?
- 飲酒運転事故の被害者は自賠責保険、任意保険からの補償を受けることができるか?
- 飲酒運転事故で慰謝料は増額されるのか?
- 飲酒をすすめた者、一緒に飲酒した者などに賠償請求できるか?
目次
飲酒運転と運転者の損害賠償責任
まず飲酒運転事故の被害者が賠償請求できる相手は誰か?について見てゆきます。
飲酒運転でも運行供用者責任・使用者責任を問える
飲酒運転による事故でも、次の者に賠償請求できることは、他の事故と変わりはありません。
- 飲酒運転をした者、車両の所有者などに「運行供用者責任」としての損害賠償請求をすること(自動車損害賠償保障法3条)
- 飲酒運転をした者の勤務先会社など雇用主に「使用者責任」としての損害賠償請求をすること(民法715条)
- 飲酒運転をした者に「不法行為責任」としての損害賠償請求をすること(民法709条)
なお、飲酒運転をした者が泥酔状態であったとしても、賠償責任を負うことに問題はありません(民法713条但書※)。
※民法713条「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。」
飲酒運転でも被害者は自賠責保険・任意保険の補償を受けられる
自賠責保険
加害者の飲酒運転による人身事故にも、自賠責保険は他の事故と同様に適用されます。
自賠責保険の目的は被害者保護にあり、免責事由としては、加害者が悪意で事故を起こしたケースでの加害者請求(自賠法15条)には応じないことを定めるだけで、加害者の飲酒運転は免責対象としていないからです(自賠法14条、16条3項及び4項)。
したがって、加害者の飲酒運転事故であっても、自賠責保険に対しては被害者請求も、加害者請求も認められます。
任意保険
加害者の飲酒運転による事故でも、被害者の損害に関する限り、任意保険も他の事故と同様に適用されることが通常です。
被害者は加害者の任意保険に賠償金を請求でき、被害者に賠償金を支払った加害者は自分の任意保険会社に補償を請求できるのです。つまり被害者の損害に関する限り、任意保険でも自賠責保険と同様ということになります。
どのような場合が任意保険の免責対象となるかは、その保険契約における約款の内容次第ですが、任意保険でも、被害者の損害を補償する対人賠償責任と対物賠償責任については、被害者保護の観点から、加害者の飲酒運転を免責事由としていないことが一般だからです。
但し、任意保険には、加入している加害者側の損害を補償する保険(例:人身傷害補償保険・搭乗者傷害保険・車両保険・弁護士費用特約)も含まれていますが、これらについては約款で「酒気帯び運転」が免責事由とされていることが通常ですので、加害者は補償を受けることはできないことが普通です(※)。
※「酒気帯び運転免責条項の解釈」酒気帯び運転免責条項 - 日本共済協会
飲酒運転は慰謝料を増額する理由となる
加害者の飲酒運転という事情は、慰謝料(入通院慰謝料・後遺障害慰謝料・死亡慰謝料)を増額させる理由となります。
弁護士基準では、入通院慰謝料は入通院の期間に応じて、後遺障害慰謝料は後遺障害等級に応じて、死亡慰謝料は被害者の家庭における立場等に応じて、それぞれ金額が基準化されています。
しかし、弁護士基準は相場・目安に過ぎず、具体的な事情により増減があることが大前提です。
そして慰謝料額は諸般の事情を考慮した裁判官の裁量で決められるので、飲酒運転という加害行為の悪質性が増額の理由として考慮されるのです(※)。
※慰謝料の算定で、加害の態様を斟酌するのは当然とする判例(最高裁昭和40年2月5日判決)
具体的な裁判例を見てゆきましょう。
飲酒運転事故の裁判例
裁判例1(家庭の大黒柱が死亡した例)
被害者は54歳男性。
死亡慰謝料の弁護士基準は総額2800万円です。
しかし、裁判所は次の各事実を指摘して、総額3600万円(本人分2600万円、妻分500万円、母分500万円)を認めました。
加害者は正常な運転が困難な「酒酔い運転」で対向車線に進入して事故が発生。
事故後、小便をする、携帯電話をかける、煙草を吸うなどするだけで、救助活動を一切していない。
捜査時には、罪を逃れるために被害者が先にセンターラインをオーバーしてきたなどと不自然な供述をした。
(東京地裁平成16年2月25日判決・自保ジャーナル1556号13頁)
裁判例2(主婦が死亡した例)
被害者は43歳女性。
死亡慰謝料の弁護士基準は総額2500万円となります。
しかし、裁判所は次の各事実を指摘して、総額3200万円(本人分2700万円、夫分200万円、子ども3人分計300万円)を認めました。
加害者は多量に飲酒し「酒酔い運転」中に仮眠状態に陥り事故が発生という悪質さ
子どもらの成長を見ることなく命を奪われた無念さ等
(東京地裁平成18年10月26日判決・交通事故民事裁判例集39巻5号1492頁)
裁判例3(入通院慰謝料と後遺障害慰謝料を増額した例)
被害者は58歳女性。
右膝痛で12級13号の後遺障害。入院60日、通院4ヶ月半。
弁護士基準では、後遺障害慰謝料290万円、入通院慰謝料165万円の総額455万円となります。
しかし、裁判所は加害者が酒気を帯びて運転していたこと等を指摘して、後遺障害慰謝料315万円、入通院慰謝料185万円の総額500万円を認めました。
(福岡地裁平成28年11月9日・自保ジャーナル1990号112頁)
飲酒運転に関与した者にも賠償責任を問える場合がある
加害者の飲酒運転で問題となるのが、飲酒運転に関与した者の責任です。
「酒をすすめた者」、「一緒に飲酒した者」、「同乗した者」などを指します。
ここでは、飲酒運転関与者に対する損賠賠償請求について説明します。
飲酒運転関与者に損害賠償責任を認める意義
加害者の飲酒運転で、他の事故と同様に運行供用者責任や使用者責任を問うことができ、被害者は自賠責保険と任意保険からの補償も受けることができます。
しかし、加害車両が無保険や盗難車のケースでは保険からの補償はありませんし、自賠責保険にしか加入しておらず、損害額が自賠責保険の限度額(傷害で120万円)を超えた場合は超過部分の賠償は自賠責では補償されません。飲酒運転者本人の財力による賠償もほとんどのケースでは期待できません。
そこで、そのようなケースでは、飲酒運転関与者にも責任を問えるなら被害者には大きなメリットがあります。
他方、加害者本人等や保険会社から十分な賠償を受けられるケースでも、あえて飲酒運転関与者に対して賠償請求をする場合は珍しくありません。
事故の再発に警鐘を鳴らしたいという思いや、飲酒運転に深く関わった者に制裁を加えたいという思いなど、金銭的な賠償にとどまらない動機があるからです。
例えば、運転者以外の者にまで責任を課す必要があるのは、運転者に賠償支払能力がない場合であるという意見に対して、裁判官による次のような指摘があります。
「しかし、被害者、特に遺族は、運転者から賠償を受けることができることを認識した上で、運転者以外の関係者を被告としているケースがほとんどではないかと思われる。遺族が運転者以外の関係者を被告とするにはそれなりの理由があるのであって、裁判官、代理人を問わず、交通事故訴訟に携わっている実務家であれば、この点は看過し難いところである。他の訴訟以上に、被害者の感情等に配慮しながら、訴訟を遂行しなければならない点に、交通事故訴訟の難しさがある。」(※)
※「飲酒運転をめぐる関係者の損害賠償責任」東京地裁民事交通部・齊藤顕裁判官講演録(「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準2009年版・下巻」22頁)
飲酒運転関与者が損害賠償責任を負うケース
飲酒運転関与者は、運転者と共同して被害者に損害を与えた者または飲酒運転という加害行為を教唆・幇助した者として、共同不法行為責任(民法719条)を問われます。
教唆とは「そそのかすこと」、幇助とは「助けること、容易にすること」を意味します。
問題はどのようなケースが、これらに該当するかです。
運転者に飲酒をすすめた者
飲酒運転することを知りながら、運転者に酒をすすめる行為者は、飲酒運転を幇助したことは明らかですから共同不法行為責任を負います。
裁判例4
運転操作能力に危険な影響を及ぼすことを認識しながら、自宅でビール2、3本をすすめた結果、正常な運転操作ができない状態となって事故が発生したケースで、裁判所は、ビールをすすめた者を共同不法行為者をして賠償責任を認めました。
(静岡地裁浜松支部昭和48年3月19日判決・交通事故民事裁判例集6巻2号482頁)
一緒に酒を飲んだ後に同乗した者(共同飲酒者の同乗者)
一緒に酒を飲んでいた者が、事故時に同乗していた場合も賠償責任を負う場合があります。
例えば、飲酒後、家まで送ってほしいなどと同乗を要求したり、依頼したりする行為は、飲酒運転を援助・助長する行為と評価されるからです。
AとBは6時間以上も飲酒し、最後の店を出た時点でBが相当量の飲酒をしていることをわかっていながら、Aは運転を制止するどころか自宅に送ってくれるよう依頼してBに運転をさせ、その結果、Bの酒酔い運転で事故が発生したケースで、裁判所は、AはBの飲酒運転を援助、助長したとして賠償責任を認めました。
(仙台地裁平成19年10月31日判決・判例タイムズ1258号267頁)
一緒に酒を飲んでいた者(共同飲酒者)
一緒に酒を飲んでいた者が事故時に同乗していなくとも、賠償責任を負う場合があります。
裁判例6
Aは同僚Bらと約7時間にわたり、飲食店3軒をはしごして飲酒し、Bはビール大瓶6本、焼酎ボトル1本程度を飲酒しました。
Bが正常な運転が困難な状態となっており、飲酒運転で帰宅することをAは認識しながら、運転を制止したり、自ら運転代行を呼んだりするなどの措置をとることなく、他の車で帰宅してしまいました。
その後、Bは飲酒運転により死亡事故を起こしました。
裁判所は、長時間一緒に飲酒していたAの行為は、Bに酒をすすめたことと同視することができるなどとし、AがBの飲酒運転を幇助したものとして賠償責任を認めました。
(東京地裁平成18年7月28日判決・交通事故民事裁判例集39巻4号1099頁)
日頃の飲酒運転を知っていた妻
上の裁判例6では、被害者側は運転者Bの妻に対しても賠償請求をしていました。Bは飲酒運転で帰宅することが度々あり、妻は、事故当日も飲酒運転で帰るだろうと予想しがらも、飲酒運転をしないように注意しなかったためです。
しかし、裁判所は、自宅でBの帰宅を待っていただけの妻には、実際に運転を制止して本件事故を回避させる現実的、直接的な方策がなかったとして、妻の責任は否定しました。
飲酒運転関与者の責任は、一般論としては、関与者と運転者との人間関係、運転する可能性についての認識の程度、酩酊状態となったことへの関与の程度、運転を止めるために講じた措置の有無、その内容などの諸事情を具体的に検討して決せられることになります(※)。
※前出の齊藤顕裁判官講演録25頁参照
飲酒運転関与者の責任内容
飲酒運転関与者が共同不法行為者と認められたときには、飲酒運転者と同一の賠償責任を負わなくてはなりません。
賠償額が1億円だった場合には、飲酒運転関与者も1億円全額の賠償義務を負うのです。
被害者は、どちらにも1億円を請求することができます。両方に1億円を請求して、合計2億円を受け取ることは許されませんが、両方に5000万円ずつ請求することも、運転者に7000万円、関与者に3000万円請求することも、関与者にだけ1億円請求することも自由です。
これを不真正連帯債務と呼びます。二重取りは認めませんが、どちらも請求されたら全額の支払義務があるとすることで、被害者保護を図る法制度です。
飲酒運転関与者が被害者に賠償金を支払った場合は、飲酒運転者に求償することが認められますが、全額が求償できるわけではなく関与の内容によって、運転者と関与者の負担割合が決められます。
もちろん、運転者に支払う財力がなければ、関与者が全額を負担することになります。
この点を考えると、飲酒運転に関与することがいかに重大な責任を生じさせるかが理解できるでしょう。
よくある質問
飲酒運転事故の被害者が賠償請求できる相手は誰か?
飲酒運転したドライバーももちろん、飲酒運転に関与した者にも賠償責任を問える
飲酒運転事故の被害者は自賠責保険、任意保険からの補償を受けることができるか?
飲酒運転でも被害者は自賠責保険・任意保険の補償を受けられます。
飲酒運転事故で慰謝料は増額されるのか?
慰謝料額は諸般の事情を考慮した裁判官の裁量で決められるので、飲酒運転という加害行為の悪質性が増額の理由として考慮される可能性があります。
飲酒をすすめた者、一緒に飲酒した者などに賠償請求できるか?
損害賠償請求できる可能性があります。
まとめ
飲酒運転の被害者に知っておいていただきたい基礎知識をご紹介しました。
飲酒運転被害に遭われた場合には、交通事故に強い弁護士に相談されることをお勧め致します。