自賠責保険の過失割合の扱いと任意保険との違い

交通事故に遭ったとき「過失割合」が非常に重要です。
被害者の過失割合が高くなると、相手から受け取れる賠償金が減額されてしまうからです。
ただ、任意保険と自賠責とでは過失割合の処理が大きく異なります。
今回は、自賠責における過失割合の取扱いについて勉強しましょう。
目次
自賠責保険の過失割合とは
過失割合は、交通事故の当事者それぞれの損害発生に対する責任割合です。
交通事故が起こったとき、どちらかが一方的に100%悪いケースは少なく、ほとんどの場合「被害者」側にも道路交通法上の要求される安全確認の義務違反などが認められます。
そのように被害者にも過失がある場合には、被害者の方にも何らかの責任を負わせるのが公平です。
そこで被害者に過失があると、被害者が加害者に請求できる賠償金が減額されます。
任意保険の場合、その減額のことを「過失相殺」といい、自賠責の場合には「重過失減額」と言います。
任意保険と自賠責とでは被害者に過失があるときの取り扱いが大きく異なり、自賠責の方が被害者に有利になっています。
自賠責の過失割合は誰が決めるのか
交通事故当事者それぞれの過失割合は、誰がどのように決めるのでしょうか?
過失割合は、被害者と加害者(加害者が任意保険に加入している場合は任意保険会社)との示談交渉によって決められ、示談交渉によって話がまとまらない場合は、最終的には訴訟によって裁判所が決定します。
しかし、自賠責保険における過失割合の決め方はこれと異なります。
自賠責保険が過失割合を調査するのは、賠償額全体を決めるためではなく、自賠責保険という公的制度の負担部分を決めるために過ぎませんので、当事者との交渉をするべきものではありません。そして、自賠責保険は被害者の過失が7割未満の場合は減額しませんので、7割以上の過失がないかどうかを調査、判断することになります。
まずは、損害保険料算出機構の自賠責損害調査事務所が事故内容を調査します。
重過失減額となりそうなケースは、上部機関である全国主要都市に設置されている地区本部(首都圏本部、近畿本部など)や損害保険料算出機構本部で審査が行われます。
自賠責が出した重過失減額という結論に対し、不服がある場合は、異議申し立てが可能であり、この申し立てがあると、自賠責保険審査会という専門部門によって再審査されます。
再審査の結果にも不服がある場合は、「一般財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構」という専門家で構成されるADR(裁判外紛争解決機関)に調停斡旋を申し立てる方法ことが可能です。
また最終的な解決手段はやはり訴訟で争うことです。
参考サイト:損害保険料算出機構 「自賠責保険(共済)損害調査のしくみ」
示談交渉、自賠責の調査判断、自賠責の再審査、紛争処理機構、訴訟のいずれの段階でも、過失割合を定める参考となるのが、過去の裁判例の集積などに基づいた裁判所の考え方を公開している事故態様別の過失割合の基準です(※)。
※「別冊判例タイムズ38 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準 全訂5判」東京地裁民事交通訴訟研究会
しかし、任意保険会社との示談交渉では、被害者側の知識不足につけ込んで、被害者に不利な内容の過失割合を押しつけられてしまうケースもあります。
過失割合について正しい知識を持つことが大切ですが、一般の方がすぐに十分な知識を得ることには限界があります。
そこで示談交渉で過失割合の交渉となったり、自賠責保険の過失割合判断に疑問が生じたりした場合には、専門家である弁護士に相談することが重要となります。

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自賠責でも過失割合によって保険金が減額されるケース
自賠責であっても被害者の過失が高ければ保険金が減額されることがあります。このことを「重過失減額」と言います。
重過失減額の基準は事故で発生した結果によって、以下の通り分けられています。
被害者の過失割合 | 減額割合 | |
---|---|---|
後遺障害・死亡 | 傷害 | |
70%未満 | 減額なし | 減額なし |
70%以上80%未満 | 20%減額 | 20%減額 |
80%以上90%未満 | 30%減額 | 20%減額 |
90%以上100%未満 | 50%減額 | 20%減額 |
死亡または後遺障害に該当する事故
被害者が死亡した場合や何らかの後遺症が残って後遺障害認定を受けた場合には、以下の通りです。
- 被害者の過失が7割未満であれば減額無し
- 7割以上8割未満の場合は20%減額
- 8割以上9割未満の場合は30%減額
- 9割以上10割未満の場合は50%減額
上記以外の傷害の場合
- 被害者の過失が7割未満であれば減額無し
- 7割以上10割未満の場合は一律で20%減額
- ただしどんなに減額をしても、最低20万円までは保険金が支払われます。(傷害による損害額じたいが20万円未満の場合はその金額となります)。参考サイト:国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」
このように、自賠責保険は被害者を保護するための公的制度であり、被害者に相当大きな過失があっても2割程度(死亡、後遺障害事故なら最大5割まで)しか保険金が減額されないので、被害者に非常に有利です。
なお当事者の過失割合が100%の場合には、自賠責保険の請求は不可能です。また自賠責は物損事故には適用されません。
自賠責と任意保険の過失割合の違い
過失割合は、自賠責だけではなく任意保険との関係でも問題になります。自賠責と任意保険とでは、過失割合のとらえ方にどのような違いがあるのでしょうか?
認定される過失割合自体は任意保険でも自賠責でも同じですが、過失相殺による減額方法がまったく違います。
任意保険の場合
任意保険の場合には、被害者の過失割合に応じた「過失相殺」が行われます。そこで被害者の過失割合が3割なら30%減、被害者の過失割合が6割なら60%減、被害者の過失割合が8割なら80%減とされます。
一般の傷害事故か後遺障害、死亡事故かという違いもありません。
たとえば100万円の慰謝料が発生しているとき、被害者の過失割合が6割ならば、60%減額された40万円の慰謝料しか請求できません。
自賠責保険の場合
すでに説明したとおり、自賠責の場合には、被害者の過失割合が7割以上のときに「重過失減額」が行われます。被害者の過失割合が3割や6割ならば一切減額されません。7割以上になったときにはじめて減額が適用されます。
また減額率も任意保険の過失相殺より非常に低いです。通常の傷害の事故なら9割の過失があっても2割分しか減額されませんし、相手に後遺障害が残ったケースや死亡事故を起こしても最大5割しか減額されません。
たとえば治療費や慰謝料を含めて100万円の保険金請求権が発生していて被害者の過失割合が6割の場合、自賠責から100万円全額を受けとることが可能です(任意保険なら40万円に減額されます)。
任意保険から支払いを拒絶されても自賠責保険に請求できる
過失割合が高いと任意保険は治療費を払わない
交通事故で被害者の過失割合があまりに高いと、任意保険会社からは治療費の支払いを拒絶されて示談に応じてもらえない可能性が高くなります。
被害者の過失割合が7割や8割になってくると、過失相殺によって損害賠償額が小さくなり、任意保険会社の負担部分がなくなるからからです。
通常の傷害の事故の場合、自賠責の限度額は120万円です。
たとえば発生した損害額(治療費、休業損害、慰謝料など)が100万円、被害者の過失割合が8割の事案では、任意保険に請求できる賠償金は20万円です(100万円に対して8割の過失相殺を適用)。
一方自賠責に請求できる保険金は80万円となります(100万円に対して重過失減額の2割を適用)。
任意保険は自賠責保険だけでは足りない不足部分を支払うための保険なので、自賠責の支払い金額で賠償金をまかなえるなら、任意保険会社が負担する義務はありません。
しかも、支払義務がないにもかかわらず任意保険会社が示談代行を行うと、業務として他人の法律問題を代行したことになり弁護士法違反となります(任意保険会社に支払義務がある場合は、保険会社自身の法律問題を取り扱ったことになるので、この問題が起きないのです)。
そこで被害者の過失割合が高くなると、任意保険は当初から対応しないのです。
被害者にしてみると、治療費をいったん全部自分で病院に支払わねばならない状態になります。
「被害者請求」で自賠責保険に請求する
被害者の過失割合が高いために任意保険が治療費を拒絶する場合、被害者自身が自賠責保険に直接保険金を請求することをお勧めします。その方法を「被害者請求」と言います。
一般的には加害者の任意保険が自賠責の分も一括して支払いに応じていますが、被害者の過失割合が高いと一括対応をしてくれないので、被害者が自分で自賠責保険に請求すれば良いのです。
被害者請求の方法
被害者請求をするときには、まずは相手の加入している自賠責に問い合わせて「被害者請求用の書類一式」を送ってもらいましょう。
そして「保険金請求書」や「事故発生状況報告書」「交通費の明細書」などの必要書類を作成し、「診断書」や「診療報酬明細書」、「休業損害証明書(勤務先に作成してもらいます)」などの書類を集めて、まとめて自賠責に提出します。
そうすれば自賠責で調査と認定が行われ、仮に被害者側に大きな過失があっても、重過失減額を適用後の保険金を払ってもらうことができます。
過失割合が高い場合、自賠責の方が被害者に有利になる
一般的な交通事故のケースでは、自賠責には任意保険より低い限度額(傷害の場合には120万円)が設定されているために任意保険の支払い金額の方が高額になりますが、被害者の過失割合が高い場合には、自賠責の方が有利になるケースが多々あります。
自分の過失割合が高い場合、自賠責への被害者請求を積極的に検討しましょう。
被害者の過失割合が高いときの自賠責と労災との比較
交通事故で被害者の過失割合が高い場合、任意保険よりも自賠責保険の方が有利なケースがありますが、労災保険はさらに有利な場合があります。
任意保険では被害者の過失割合がそのまま過失相殺されるので、被害者の過失割合が大きい場合には大幅に減額されて被害者にとって損になります。
自賠責保険の場合には、被害者の過失割合が7割までは減額されませんし、それより高くなっても2~5割しか減額されないので任意保険よりはかなり有利な場合があります。
労災保険の場合は、たとえ労働者に過失があっても、業務上の労災事故である限りは保険の適用があり、過失相殺されることは原則としてありません。
したがって、被害者に大きな過失があるケースで、かつ、労災事故のときは、自賠責保険を利用するよりも有利となる場合があるので、まずは先に労災保険を利用することを検討するべきです。
但し、次の注意点があります。
労災保険の場合、休業損害に対する補償は、休業4日目以降について80%しか支給されません(休業給付60%、休業特別支給金20%)。
過失相殺はされないけれど、もともと全額が支給されるわけでもないのです。
過失相殺はないといっても、「重大な過失」の場合は、休業給付と障害給付(後遺障害に対する給付金)の支給額が30%カットされます。
なお、治療費はカットの対象外です。信号無視、酒気帯び運転、居眠り運転、スピード違反などの場合もこれに該当するケースがあるとされます。
また労災によって治療を受けると、自賠責のあまった枠を慰謝料に回すことができるので、全体的な受取金額が増えるケースが多数です。
たとえば治療費が70万円、慰謝料が50万円の事例で被害者の過失割合が70%の事例を考えてみましょう。
自賠責しか利用しない場合には、損害の総額120万円から2割減額された96万円しか受け取れません。
一方労災を利用すると、治療費70万円は全額労災から出してもらえますし、自賠責からは慰謝料50万円について2割減額された40万円が支給されます。つまり合計で110万円の補償や賠償金を受けとることが可能となります。
休業補償や後遺障害の補償などが絡んでくると、被害者により有利な場合もあります。
被害者の過失割合が高いとき、交通事故が労災に該当するのであれば、まずは労災申請をして治療費や休業補償を受けとり、足りない部分を自賠責に申請するのが賢い対処方法と言えます。
まとめ
交通事故に遭ったとき、被害者の過失割合が高いと任意保険が対応してくれないので困惑してしまうケースが多数です。対応してくれたとしても大幅に過失相殺されてしまい、支払われる賠償金は少額となります。
そのようなときには重過失減額しか行われない自賠責や、過失相殺関係の一切適用されない労災保険を上手に利用してみてください。
自分ではやり方がわからない場合には、弁護士に相談してみると解決しやすくなるでしょう。